2009年8月17日

芸術論

形式の洗練は内容、或いは意味のそれに比べて芸術へ密接に関わる。プラトンの考え方を引用すると、理想(イデア)の写しとしてのみ形式は定義を持つ、といえる。例示の作用が比喩という語りの手法と同一なのはこの為である。そこでは意味へ適合させる形式の巧みさが命題か焦点ともなりがちなのだから。従って現実(エイドス)についてのアリストテレスのイデア批判は、もしそれが芸術がイデアの写しであるという理想的具現化の作用へも形式独自の価値を置いたという点からみれば、意味をもたない個物でも意味そのものと等価でありうる発見をした現象論上の気づきにもとづいている。
 現実主義と理想主義とは現代芸術の射程へその再生を試みるとすれば、現実が如何に多様性に富んでいても、本質的に重要なのはそれが示している設計なのだと教えている。設計思想を十分に表象させる為には形式の洗練が敢えて必要である。理想を実現したにせよ、実物へ理想を覚えたにせよ、設計が優れているときその表現は芸術の目的を果たすだろう。そしてそういう個物は假の偶像としてであろうとなかろうと、やはりひとしく思想そのものと同等に尊重されるべきだと悟らせるだろう。例えば理想の写しとしての人物像を芸術化した場合、意味のよしあしからだけではなく、意図されている自然の設計者の目的を如何に忠実に具現化できたかへ焦点が宛てられれば古代ギリシア人がどうして競ってその具象化へ努めたかも理解できる。その目的はかれらの宗教の帰結としての神々の写しの巧さとしてなのだから。模倣すべき先例として神よりたくみな才能がありえない以上、設計の目的はまた如何にその業績を汲み上げられるかへほぼ一致する。精神作用と考えられてきた知能の働きも、この仕事の種的特徴の為に増大したと思っていいだろう。
 一般に考えられるよりはるかに人間の創造性と呼ばれる才能がおよぶ範囲は狭く、どれだけ偉大な巨匠でも素材や先例、当代の技術の援用で基本的制作方法を賄うことになる。我々が既存音声と文字との順列を用いることなくいかに言葉そのものを無から発明する才能に欠けるかおもいみよ。だが芸術といわれている建築作業になしとげうるのは多くの場合、既存部品の適切な組み合わせ、素材間の調停だけである。しかしながらこの調べの細部へは無際限なまでの判断の可変性があるので、たとえば粘土をこねる者は素材固有のやわらかさが許すなにをも形作れる様に、主として同時代の汎用作品様式に慣れきっている多数者にとって天才的作者の独創や個性が現れたと感じられるほど、進取的新技術への推移は急速でもありえるということだ。これを証明するために背理論法をつかうと、たとえば科学を知らない人々がほぼ同水準の技術のみで営々と芸術作業を行っていると仮想するなら、その様な文化ではだれも人間の創造性などは夢想だにしないだろう。人は先代の手順をくりかえすだけであり、ちょっとした工夫があったとしても一笑に付されるだけで制作習慣はすぐ旧態へ先祖帰りするに違いない。我々は今でも昔工芸で栄えたいくつかの後進地域がこういう停滞へずっと適応しているのを観察できる。つまり、そこではある時点以来で技術水準が大きく向上した経験が歴史的に及ばなかったので、伝統工芸と呼ばれる古い様式を遵法及び踏襲することが習わしとなっている。
 これら実例は、神の模倣が本質的に人間としての創作行為にとって最も賢明であると教える。なぜなら我々人類の社会計画などという宇宙全域に比べれば驚くべくちっぽけな部分作業でさえも、その意図は全体の設計図のものとおそらくぴったり重なる筈なのだから。だから、もしすぐれた巨匠が現れれば、その作品はまちがいなく人為に到達できる上限の神々しさを湛えて人間達から驚嘆されるだろう。もし技術水準がどの段階にあろうとも、その芸術という形式が、則ち哲学的趣味を経由して調和へ至る当時の科学技術の粋が及ぶ限りやはりそうだろう。豚に真珠の諺を十分かんがみても、自然の目的と完全に一致した作品とは驚き入るあまり人々がおもわず足を止めてみとれるほどの絶景的崇高さを達しているわけなのだから、それが見逃されたり、見過ごされたり、見失われることはありえないだろう。例えば太陽の光を忘れる者がいない様に。技術が向上するという事実自体、我々が芸術の道を通じて形式の現実論の面ででさえも、つまりプラトニックな純粋理論をのみ合幸福論的に経由せずとも、より神々しい才能を開花させ得る実証なはずだ。芸術家の社会的地位を学者以下へ押し込もうとした神学主義的スコラ哲学者らは、やはりその判断ではルネサンスの万能人的人文主義者よりは劣っていた様である。形式や様式が意味や内容と同等な概念ということは、史上ではヴィンチ村のレオナルドの手記で独自に理論化されるまで、アリストテレス哲学のキリスト教神話へ適合化された曲解によって世界の思想潮流から覆い隠されていたものだ。