2009年5月30日

漢文学と倭文化

悉く書を信ずれば書なきに如かず、孟子。尚更、批判的に吟味するとか真理を目指して議論を重ねるといった習慣はごく最近まで目立たなかった。これは十七条の憲法時代に和の精神を優先し、民衆を馭しやすい農奴としてみち引いた一つの弊害でもあるらしい。

 特に漢学を経路として自らの文学を発展させざるをえなかった倭文化では支配階級や公家が古く文物を独占していた、といった有職故実の政治学がほとんどの漢語文化圏で学問の王道とされる理由をも、また己の偏りとして身に着けるしかなかった。つまり「漢学」はものめずらしい外来文物としてのおもむきとは別に、実質上、支配者のみの文学だったのだ。
 朝鮮民族では儒学が国教としてつよく寡占されていた。世宗大王がハングルを制作させたのは民間人を無文無学のままにしながら必要なコミュニケーションだけはさせるための手段であった。そこでは科挙の遣り手である文人君子を崇めるところはまるきり現代へ引き継がれ、文を信じる傾向はいまだ途轍もなく強い。朝鮮語学会が日本の植民統治時代でも最後まで抵抗を試みたのも文士を貴ぶところの漢学の余波なのである。

 宗教原理主義という思想潮流はこういう文の魔力へ巧妙に付け入って勢力を広げだした支配者文学の魔法である。

 単純に文を読むのを奨励すればいい、という質朴すぎる段階はとうに追い越して識字率になんの問題もない幾つかの近代文明圏では、こういう訳で、なにを読むか或いはどう批評できるか、といった評論の奨励の方が民度にずっと適っていると考えられる。一般に、自営農民や小売商人は勤勉を妨げるといった意味で考える事を良しとしない。考え過ぎだよ、とかつべこべ言わず働かんかいと彼らは述べてつくられたまことへも盲目に従う。ほとんど誰でも文章を書ける時代にあれば取るに足りず、まったく価値というもののない文もいくらなりとも氾濫してくる。はっきりとしていること、こういう時代に読書の奨励などはなんら不要。
 なにもかもを頭から鵜呑みにしがちな発達段階の初期にある子供にとって有害としか言いようがない図書を支配者文学崇拝の余弊から推奨して誉めるなどという異様な現実、も未熟な文明社会の負のありさまだろう。文人無行、文人相軽んずという。すべて批評の精神が欠如した無議論社会の融和反応として、なんの尊重も要らない自称文化人の跋扈がもたらす弊害である。評論の重視は全くこの片寄った趨勢へ対して、絶え間なく考え方の冷静さを導くための趣味平衡の原理として、民衆の努力義務へあてがうべき今様の憲政か。くだらない大巻の書物よりは遥かに聞いて為になる一言の方がすぐれている。