2009年4月11日

徳川の防衛

北朝鮮の財政が最終的切迫を迎える時には必ずなんらかの武力によるチョッカイを出して来るのが確実である。
おそらくそれは9・11の小型版のような恐怖政治によるだろう。
太陽政策を永続するのは北の財政難上に無理があり、よって遅かれ早かれ“ジョーカー”を引き渡す為に野暮な脅威を用いざるをえないのは、もし我々がハルノートを渡すまでのことだろう。

 ここから、最もつまらないチョッカイのはしけを見つけ次第、可能な限り公徳の論理に訴えかけて一息に敵の首を取るべきが明らかである。すなわち『家康分割の説』は今日の防衛論の上でさえ正義と見なされる。なぜなら“ならずもの”を放っておくのはそれ自体が悪なのであるから、国際世論がこの正当防衛的逆襲によって非難をすることは決してないであろう。その任務成功がすみやかであればあるほど。

しかし国内の極右をいたずらにつけあがらせないためにも臨機の気性に富み豹変に選れる主将を推すのは必然的で、この点では最も機動的な文官があわてふためく国民を煙に巻けねばならない。
 政治史一般に於いて、武力差が圧倒的な場合この遠征にはいかなる遠慮も要らない。それはハーンの帝国をみれば判る。商戦や外交を通じた漸次の手だてを要するのは情報不足か又はこちらの劣位が明らかな場合にこそ。

 また、この際に米軍との品のよしあしの別を強調する為にいかなる大量破壊兵器をも用いるべきではないのは当然でなければならぬ。警察的武威のみでも、もとが貧窮した社会主義国で武力が一極へ集中している限りその抵抗筋を先手を打ち押さえ込めば、直ぐさまの征服は十分なしうる。
可能ならば麻原逮捕時の如く相手方への最大の威嚇報道こそをもって無血開城を求むるべし。フセイン拘束ふうの泥臭い方法は反面教授である。
なお、これには米軍との必要最小の連帯のみで韓国との協調は無用だろう。判断のにぶい同類項は必ずいらぬ難癖をつけるのが落ちなのだから。
 そして北の首脳陣解体後はそれを朝鮮民族自体へと譲るがいい。
手っ取り早くは、南へできるかぎり大きな恩を着せるため、ハングルの公認を真っ先に掲げて最も早速去り、平壌へ米国よりずっと日本の痕跡をのこさぬことだ。日本国旗が報道されれば特に中華圏であとあと面倒なのだから、自衛隊の旗は隠すか警察隊級の別のデザインを用いる方がよい。