2008年11月24日

宇宙エレベーター構想の国策的意義

宇宙塵を掃除するという仕事に特化したワイパー・ロボットが開発さえされれば、期待される宇宙エレベーター構想には国家事業としてかなり積極的で良い。
なぜなら一度実績が認められればこの種の将来性のある事業には国際的に大規模な需要が見込み得るし、どこかの様に利己的な打ち上げ連発の所為で散乱したデブリスを我々が片付ける仕事はただ公共心の満足にも叶うからだ。つまりこの事業そのものは政治的には善意の策である。

 ところで、このステーションと地上を繋ぐケーブル[謂わば『宇宙線路』]の形式が非常に戦略的な重要性を持つと知るべきだ。
第一にそれは延伸されれば既存の鉄道線路の如く、非常時には大変に有利な軍事利用が可能なのだから注意深く国際形式上孤立しないオーダーを選ばねばならぬ。コンパクトディスクを開発した時に一私企業がそうした如く、議論を重ねて技術規格に深慮を期するべきであるだろう。
第二にこの線路内部または周囲部に適宜から最大な設備更新の可塑性ある大規模伝導体を設けることは、殆ど未来の有力な発電所となるだろう衛星発電と宇宙駅内変電所のやり取りより、直接の送電線敷設を兼ねるだろうから。

 因みに次は個人的な見解だが、度重なるたちの優れぬ不祥事および先行き当然の縮小市場である事情、さらにはアメリカとの長期的国家間競争上での決定力ある住み分けという洞察点からして、現在の実質的に無駄極まりない軍備予算を大幅にこの種の宇宙産業助成に切り替えることは全く、国策として粗雑な国民的性格を免れない隣国より大きく株を上げる善政であると思われる。
高が威嚇の玩具に大金を投ずる者は子供染みているという揶揄に言い訳ができるものではない。