2007年11月8日

現代社会論

現生人類は知能生命としてしか進化し得ない。なぜなら他の非文明傾向は彼ら自身の生態地位を危うくするが故に排除されるから。他の生命が来襲してこなかった限り地球は事実上、宇宙文明にとって極めて辺境なのだろう。従って、最も幼形化が進んだ民族が地球生態系にとっての人類進化を誘なうのは自然か。我々は生後学習能力に特化したが故に高度に知的な活動が可能になったのだから、天変地異ない限りその傾向が性淘汰で推進される。
 ある民族文明の学習能力を上げるには、一定の淘汰圧を世間的に及ぼし続けるが良い。稲作の生産不合理性が東西における理論科学に格差をもたらしたし、その実態は食糧確保に対する衆間閑暇量に還元できる。これを格差弁と呼ぶ。一方で、農耕文化は均質圧を民情に慣習づけた。それが幼形化に働く原因なのは疑いない。均質圧が文明により近い世間なのは確か。格差圧はむしろ文化力の土台になる。創造的な風土は高等遊民を寛容する。人々は文明と文化の両立を図る必要がある。格差圧と均質圧とは調度良く釣り合ってこそ国家が興る。
 とは言え、大枠としての均質圧は進化の正しい筋道。それが人間になるだけ愚かではない知能種を性選択するように働く圧力なのは各国間民族史が実証している。幼形化つまり人類の進化は自然の種的不平等を社会的に是正しやすくなるように性淘汰する民族世間においてのみ実現する。それが体をも心に従属させるような民族の繁殖趣向となって導かれる。