2007年11月18日

物理学

ニュートン力学では説明不可能な最初の一撃は殊更、Godの御力を引用せずとも合理化されて然るべき化学作用の性質にまで還元できると主張する人々の一派。しかし彼らの非科学的想像力はエントロピーを如何に説明するつもりなのだろう。如何に知的に劣る人々にとってさえ、無から有が現れ得ない事を数学的に知っている。ゼロの概念を考案した古代インドの人々を我々は敬う。先ず、何らかの有事がなければ事物は展開される筈がない。揺らぎ、つまりミクロ化学的物質平衡の乱れが対素粒子間に世界を現象させたと考える人物は、乱れを生じさせる原因を数学的に思考せざるを得ない事に気づかない。我々には発想の転換が必要なのだ。
 アインシュタインが云う様に、時間を直線的に考える慣習を改めねばならない。それは空間と対になった単位系でしかないし、過去つまりマイナスと仮定した方向についてであれ、未来つまりプラスと仮定した方向についてであれ、無限大に増大できる。
 定常宇宙論の立場はこのような相対論の視座を根底に置くのだ。私も又、量子論が敗北する日を疑わない。例えば微積分のように、量子論と相対論とは対称形になった思考形式ではおそらくはないのだ。どうやって相互変換する。その為にただの一つの定式でも発案した人物が居たか。我々はその二つを同じ地平の元に見通すこと能わない。
 時空に対するアインシュタイン相対論を空間に対するユークリッド幾何学とか単純時間系に対するニュートン力学と同じ基本物理の原理と考える。それらの上で新たな宇宙現象認識の法則体系が築かれるべきで、量子論のような傍流に我々は深入りすべきではないだろう。というのは最小原子のようなものは我々が永久に知り得ない宇宙の微分仮定法の産物なのだから。