思想は人類間を移動する。それは瞬く間に行人同士を跨ぐ。そして遂いる。
男は何が為か、秘密の階段をトントンと降りていく。視点はそれを真上から追う。男はやがて地底に着く。そこには重い鉄の扉がある。男はそれを開く。
ギイーッと錆びた蝶番を軋ませて鳴り、通路を充たす不快な音に代わって男は真っ暗な扉の向こうへ消える。視点はそれを捉え、またそれがガタンと鼓膜の割れる程大きな音を起てて閉まるのを観る。
視点は暫くは一部始終を眺めていたが、やがて諦めて地表を目指して上昇する。今仕方来た過程を逆向きに舞い戻る。地下は暗闇を深めて遠ざかる。
地上は目映くばかりに輝く真昼であった。そこには一人の女が立っている。
かの女は白銀のワンピースを着こなしている。視点は女を一様ならざる角度から描出する。厚ぼったいくちびるの色味、飽くまで細い指先に絡んだ指輪、足下に引っかかったハイヒールとの際にできた僅かな靴擦れ痕。視点は女を艶めかしく魅せる様に工夫してきりかえされる。黒髪から薫る微かな仄かな香、それが耳の裏の窪になった部分に塗布された多少の香水と混ざり合って奏でる色彩豊かな調べ、大袈裟でなく整えられた眉に揺れる風の音符、うなじに生えた産毛が少しだけ湿り気を帯びて女の生命力のもっとも繊細な部分を教える、腰つきに観られる高慢な憂い。
それらはどれも等しく一個の女性の魅惑を想像力の実像を通じて読者に伝える。目的は未だ知れないが、特に女は適度に健康で、且つ豊満に過ぎないほどに洗練された肉塊を天性に譲り受けてそこに存在している。読者はそれを自然の建立として観る。
且つてダ・ヴィンチが述べた様に、人間の天才が如何に至美の限りを尽くしたとしても、その芸術性は絶対に自然の工芸を超えることは無いであろう。
女は光の中央に立ち、今やその命の華やぎを完全に伸長させようと欲する。男は地の果てに潜り、魂の中央を冒険する仕事に従う。