風の色が変わる。青の音が響く。僕の形が消える。波の描くカーブの空間が変質する。そして時が止まる。
アジアの極東で太平洋を眺めていたという前提で或る世界の枠組みは展開し、宇宙は適切な秩序を構成し始める。ラジオが鳴り、テレビが映り、草原では馬が駆け、地中ではもぐらが掘った。海底には不気味な生物が潜み、街なかでは明朗な喧伝が聞こえた。あとには混沌だけが残された。僕はどこにもいない。ただの音頭だけが体感されていた。祭りが行われている。我々を含む何ものかの踊り。
繰り返される戯れが超常的な現象を喚起する。お化けがコンクリートの厚い壁を難なくすり抜けるかと思えば、御飯が二次元に平面化され消化できなくなった。旅立つ山頭火の足元を群れになった和冦が取り囲み、パスカルとデカルトの会合をワシントンが指揮した。ナスカの地上絵が地上波から放映され、飛び立つ雁の一匹は作り物だった。マイナスとプラスが交互に入れ替わり、視聴覚は味覚や触覚と一致団結した。
僕は波間によって現れては消える、砂浜に描かれる神妙な図形の上を歩いている。秋の、少し肌寒いくらい涼しい空気が、無限に透き通った水色の空を見せてくれている。
もうすぐ冬が来る。そして暗い闇が訪れてあらゆる意味を覆い隠してしまうだろう。僕はそれまでの間、鮮やかで細かい砂の音を耳に感じながら散歩を続けよう。
犬がいた。のど元を撫でてやる。犬は元気に尻尾を振り回し、喜んでいる様だ。きっとこの場所から時空は穏やかに見えるわけなのだ。