2005年10月20日

探検

君は名前のない空隙を歩いている。ここは時の裂け目だ。何もが起こり得る。そして次の一歩を踏む。
 どうしたって超えられない壁を抜ける。
 最も単純な数式が現れて消える。君にはその答えが分かる。だが、何事も世界構造に含まれている。君の行動範囲はシステム内にしかない。どう足掻こうとも仕方ない。新しい光が期待外の空間に審美法則に関する図形を描くのが見え隠れする。うずきが生じる。何もない。
 私は星と出会う。時が溢れ満ちる。それから川に流れ出し海へ着く。太陽光に温められ空にのぼって雲になる。やがて冷えて雨になる。山はそれを蓄え、少しずつ、少しずつ漏らして行く。岩清水は渓流になって川を造る。まるで我らの脈動みたく循環して行くたましいの営み。花が咲いては萎れる。命は生滅のリズムを刻む。刻んできた。刻んでいる。どんな疑問もなく。最早すべては正しい秩序を構築しているのだ。
 では新しい時へ行こう。
 そこには自由がある。彼らを縛る何ものもあり得ない、完全な宇宙の上。我々は働きそのものとして実在しているだろう。どんな部分でもあり、欠くべからざる全体でもある。欲求は力動でしかない。延長され続ける時空間を歩いて行く力になる。
 そこで事物は終わり、始まる。彼らは生死の枠組みを超えている。肯定も否定もし得ない普遍の下でお遊びしている。