深い山奥にいる。複雑さを自発的にめざす自然形態のよう迷路化されたビルの地下室。ここには誰もこない。建築設備だけが絶えざる律動を、不気味に刻む。
何を探しているでもない。何を求めているでもない。ただ先へ、先へ進むことが必要だ。底がゴム製の靴はどんな逸話も語らない。愚直に、ロボットみたく歩を進める為だけにしつらえられた、機能的で、現代的な工業製品。
ふと、あるドアの前で止まる。扉には特徴を示すサインもない。単なる、規格通りに設置された鋼鉄の境界だ。開く。中に入る。
そこには管理された空調のみがある。他には特にどうということもない、四角い箱型空間だ。ゆっくりと部屋の中心へ向かい、置かれていた極めて簡易的なイスに腰掛ける。エアコンがかすかに立てる空気の摩擦、蛍光灯が微小ボリュームで歌うなにかしらの電子音以外には、いかなる変調もない。空虚だけがある。壁と天井には、コンクリートの表面に薄いベージュのペイントが施されている。床は緑の滑りにくい素材で、その他に特記されうる点は無い。そして匿名的な人物として私はいる。大都市の、地下の、無辺の闇の中に紛れて。
考える。この星に築かれた文明、生命史が何の為なのか。そして生まれてきたわけを。
思念は抽象化された諸概念の組み合わせに解体され、ひとかたまりのエネルギーとして脳内信号を行き交う。どこにも辿り着かない。どんなゴールにも達しない。理想の為の理想だけが残される。
仕方ない。生きている事実を突き詰めるしかない。答えは恐らく時代に従うだろう。働くのだ。生活という自由をプログラミングされた機械の様に。
しばらく時が経った後、その部屋には何も無い。静かな、整理された秩序だけがある。そこに人は含まれている。