2024年4月14日

至善留居論

文明は一様に配置されている様な分布をもつ状態ではなく、あるときある集団に集まって、あるとき雲散してしまう様な類のものなのだろう。プラトンの学園やアリストテレスのリュケイオン学園、孔子の塾、釈迦の周囲ではあるとき後世に伝わる立派な講義が行われていたが、じきに解散してしまった。

 優れたものがそうである様に、文明化された人々は互いに集まりがちなので、密度の高い場ができれば自然にそこにやってくる傾向があるが、もとは一人の悟った人が起源なのである。
 会沢安が学長だった時の水戸弘道館は植民地主義を超えた徳を説き、一国平和主義による専守防衛の貴族義務を語っていた。
 天皇率いる西軍が作った日帝や戦後政府は会沢の徳を踏み誤り、150年以上も迷走している。これは彼らには主権相互尊重の徳目が理解できないせいである。野蛮な国々と協力してはならない。今の米英仏露も同様である。

 西日本諸国は常陸より遥かに不徳だったので、帝国主義者である天皇や侵略主義者である吉田松陰、西郷隆盛らを礼賛して自滅して行った。欧米列強も同じ末路であり、悪徳の蛮族集団は千年以上続いた家を誇ろうと、無惨に敗退し、散りぢりに消え去る。
 至善にとどまり、自堕落な勢力に関わるな。