2024年3月27日

『荒野行動』の文化交流的意義

随分前、静岡の主婦のほわさんとか、青森の引きこもり生活みきぴとか、東京某所のゲーマー何とか丸とかと自分は『荒野行動』をかなりやっていたのだけど、相当楽しかったという思い出になっている。何がかというと色々やる事の自由度が高く、いわば仮想空間内で仲間と協力しながら冒険してた感覚がある、
 ところが、新潟のバカひよぽんとかいうやつが、オンラインゲーム文化は軟派目的の流行物だと勘違いしていたみたいで、ゆえ確実な馬鹿と言って差し支えないのだが、なぜか年齢差別で中傷してきた事があった。そいつは遊戯芸術の計画考察ができないほど知能が低い人で、動物じみた人格だったのだろう。

 サバイバルゲームのオンライン化は『PUBG』以後にはやりだしたので、色々でてきた。『フォートナイト』や『スプラトゥーン』、『エーペックス・レジェンズ』とか。しかし自分がやった範囲でベストは『荒野行動』だった。ユーモアや中国趣味、シビアな設定、工夫ある演出など本格的なゲーム性が大きい。

 あの2番目にでてきたマップの記憶は隅々まで今もあるほど、とても良くできていた。その中で無数の人々が年齢問わず、文字通り荒野行動していて、手に汗握る熱戦といえるものを毎日していた。自分はピグ民の長野の酒呑みマッドに粘着コメントされたので消してしまったが行動記録あれば興味深かったろう。

『荒野行動』が優れていたのは、自由度が高いので遊び手の生き方や個性が如実に現れていた事だ。またルールは一定で、課金勢が過度に有利にならない調整だったので、比較的公平だった。成功の定義も特にない様子で、1位狙いの自分とは違うキルゲーム視してる人らが過半だった。要は人間性研究に使えた。
『荒野行動』で最も面白かったのは機動作戦だった。多数の知らない人らと急場で協力が必要な上、瞬発的判断や総合戦略など頭と心を使う複雑な戦闘だからだが、人間ドラマと言えるものを沢山みれた。途中でそのモード消えてしまって残念だったが。要望入れても復活しなかった。一番よくできていたのに。

 自分の中国への好印象は漢詩や哲学、或いは路遙の小説といった文化からきているが、中でも『荒野行動』の貢献度はとても大きい。月餅やあのヤオタイのバンなど現地特有ミームを作中に入れるのは優れた試みだ。知らずしらず中国の暮らしに親しみを感じる事になる。文化交流は最善の外交策という事だろう。