2024年1月19日

反皇市民革命理論

初動遅れで大量死を招く災害対応に充分無能な自民党にしか投票したがらない衆愚国民のもとでは、絶対に誰も安全ではないだろう。彼らの崇める無法者の象徴も、人種差別教義に乗っかり、ただひたすら虚栄目的で無限にカネを搾取してくるだけだ。
 選挙では何も変えられない。衆愚に期待しても無駄だ。

 山上徹也は狂気に見えるが、単に現実政治をある程度弁えていた人物と見るべきだ。選挙制度が機能しない状況では恐怖主義による革命権の行使しか何も改善の手段がなかった。そして武力革命以外では何も動かせない段階にきている事は、状況判断できない衆愚が自民党専属投票機械な事でも明らかである。

 革命家が孤立し単独の赤色テロに頼るしかない現状では、散発的に政権へ脅迫が行われ、すぐ鎮圧されて終了だ。
 国事革命しかあり得ないと洞察している者は、象徴天皇制の矛盾が露呈し、徐々に自己崩壊して行く衆愚政体を慎重に見守るか、危険な自己犠牲を図ってでも急進的テロを図るか選ぶ事になる。

 山上は安倍晋三という日本最悪のボスを葬った。彼には自己犠牲の英雄の名がふさわしいだろう。安倍一味がやっていた悪業は、検察ぐるみで隠蔽される悪質さが果てなくあり、殆どは彼らが悪事目的で作った秘密法の元で闇に葬られてしまったのだろう。
 だが山上は天皇一味が真のボスだと気づかなかった。

 奈良人の捏造した邪教で自己洗脳され、山上は奈良人の呪いから外に出る事ができなかった。種族主義教義で差別されているのは彼の母だけでなく彼自身もで、文鮮明一味は天皇一味の影絵に過ぎなかった。彼は奈良の邪教に取り囲まれた山奥の世間知らずで、大和王朝の幻影から出れず、天皇権力に処刑される。
 山上は勇者の資格がなかった。ラスボス天皇は彼を処刑するからだ。国家権力を一手に握る同じ奈良人の末裔同士が、玉座の上下にいて皇帝と処刑犯ごっこをしている。もしこの国の主権者が民であれば、山上こそが勇者とされていた筈だが、神道信者らは奈良の蛮行を天皇制の元に単純に解決したいのである。

 安倍晋三は、単に無能なサイコパス宰相というだけではなく、独裁目的でやる事にした諸悪を隠蔽するため手練手管を駆使し、派閥を悪用していた。ボスが消されたその残党は秘書切りの形で逃げ切ろうとしている。要は裏金を流用し、金権政治をしていた、というのが彼ら安倍一味の奇妙な応援団の実態だった。
 いうならば、安倍晋三は悪党の中ボス程の者だった。アベノマスクの醜態など、所詮は無能な世襲政治屋に過ぎず、裏金買収工作が党内で徐々に効かなくなった状態だったからこそ、守りが手薄で、襲撃者に呆気なく消されたとも見れる。用無しの彼は主要国の全宰相に見送られなかった。真の人望は皆無だった。

 武力革命は無敵の人に任された使命の様なものだ。京アニ襲撃とかアキバ特攻など、明らかに愚かな無敵人は自滅戦の結果、恨みを買って終わる。彼らと安倍・岸田襲撃犯との違いは、国家的洞察の質だ。
 迷惑系チューバーやサイコパス炎上芸人らと、革命家の違いは思想一つ。
 勇者は現れ、革命を起こす。

 岸田の広島、安倍の山口、天皇の奈良や京都と言った地元も、過去に於いてずっと暴力による恐怖主義者を政治史に織り込んできた。浅野長勲、伊藤博文、中大兄皇子らは今後悪党と呼ぶつもりだろうか? ただのご都合主義による、自分達の権力構造を補完する反政府暴力物語を、正統政治史ぶっているだけだ。

 秀吉の刀狩りや明治天皇の廃刀令は、現行の銃刀法と同じく、権力者側が反政府武力革命を抑止する目的がある。米国のよう銃社会であれば、山上の行いは反民主的となるが、日本国では違う。
 天皇一味の専制が国事の実態なので、その手先に過ぎない自民党神道系議員は反民主的勢力に違いないからだ。
 明治政府は反民主的だったという事実は、大正デモクラシー弾圧や女性の参政権を認めなかった事でも明らかだ。
 所が西日本は極端にうぬぼれるほど民度が低く、自分達の元勲と称するテロ集団が徳川家へ強盗にきている天皇一味と共に神々でなければならない。だから明治寡頭政を永遠に美化しかできない。

 選挙で少しずつ変わるのを待っていれば、緩慢に殺戮されている様なものだ。長期的ホロコースト計画は日本で現に進行中で、それを格差社会と呼ぶ。
 だから英雄が囚人中にいれば、悪魔のナチスを倒す為にあらゆる知恵と勇気を駆使し遂には監獄を破壊し、革命を起こすだろう。
 天皇の国を亡ぼすべきだ。