2024年1月11日

堀江貴文氏や池田信夫氏らによる境界知能差別についての人道主義に則る批判

武士階級は、少なくとも内治が確立された江戸時代以後、教養人と為政階級を兼ねていた。また儒学や禅宗の影響下に、「武士は食わねど高楊枝」「花は桜木、人は武士」などのことわざに名残りがある賎貨思想や自己犠牲の精神を持ち、滅私奉公の貴族義務に殉じる心がけを民衆にも一般に期待されていた。
 明治維新後、この階級は消滅し、戊辰戦時の西軍に着いた新興の成金華族がはびこり、今に至る。
 明治以後の主な文化の模倣先になった欧米社会にも伝統的な貴族というものはいたし、一部は武士階級と似た倫理を持っていたが、根本的な違いも幾つもあった。その一つは武士は私利を図るのでなく「清貧を誇るべき」という特殊な貴族義務があった事で、成金階級を下品とみる、現日本国の国民道徳にも部分的に受け継がれているといえる。

 思うに、戦後日本では在日米軍を主に内政干渉を続ける米国の影響が大きくなり、武士道の帯びていた色々な国民道徳、こと貴族義務が放棄されていった。
 近ごろ都ではやる称・文化人は、およそ例外なく人道に無感覚なサイコパス系の偽物で、教養貴族と呼ぶにはおこがましい露悪的炎上商人ばかりである。

 特定IQを意味するに過ぎない精神医学用語としての「境界知能」をさもナチズム風隔離政策支持政党差別に濫用した堀江貴文氏や池田信夫氏らを貴族義務に殉じる者と考える人はまずいないだろうが、本質的問題は、偏差値教育位階制を悪用する東大閥の人々が、国民道徳を顧みず、私利追求に耽る堕落である。

 茂木健一郎氏はいつもの「縁故主義お友達忖度批評」で、堀江氏を理解者風に庇っている様子だが(ポスト2ポスト3)、人文学に専攻のある東浩紀氏はその不正に反感を覚えているのではないか?
 平等権や生存権その他、人権侵害的な事は確かな堀江氏らの境界知能人種隔離発言は、堀江氏の私利追求のため許容されるべきか?

 堀江氏がいう読解力のない一部の人々による下らない(しばしば悪意ある)返信の問題は、SNSの誹謗対策不備又は誰でも書き込める体制に原因がある訳で、決して、境界知能一般に原因を帰せる訳ではない。
 つまり、堀江氏は自身のSNSストレス解消の矛先をすりかえ、人種差別を語った唯のネオナチではないのか?
 堀江氏の業に間接的に同調した言論にみえる、池田氏による「れいわ新選組支持者は境界知能」発言も、一般的な統計的事実か確かめられない上に、全称命題ではないため稚拙なレッテル張りに違いなく、しかも否定的文脈に置いているので、唯の人種差別または思想・信条の自由権侵害に該当すると考えられる。

 茂木氏はこと堀江氏の言説に多少あれ友人忖度の様な言説を述べ、「誤読返信へのいらつき」から境界知能差別を含む文脈に一定の理解を示す仕草をした。だが東氏も突っ込んだ様、堀江氏の意図は全体主義的人種隔離政策なので、人類史の過ちをくり返す唯のネオナチ言説にすぎず、庇うべき面は基本的にない。

 堀江氏、池田氏、茂木氏らは、境界知能差別を社会的に容認させようとする言説を行ったり、その趣旨の部分的擁護を図って、特定の脳をもつ、決して悪意もなければ犯罪してもいない人々への迫害をすぐやめるべきだ。もしそれができなければ、あなた方は、倫理学を含む人文教養界の敵とみなされるべきだ。

 冒頭に述べた通り、民衆に道徳面でも優越した貴族とみられていた武士階級の教育は、アリストテレスが『形而上学』で「第一哲学」として彼が最も根源的な知識とみた存在の学から始め、人にとってあればいいが必要とはいえない些末な道具的知識とみた物理学を本来は学習順序の後の方に置いたと考えうる様に、倫理学から始まっていた。
アリストテレス『形而上学』における学識の重要度の参照箇所の例:第三巻第二章b10
「我々が諸学の内どれを知恵と名づくべきかを決めた所によれば、どの原因についての学にもこの名で呼ばれるだけの訳がある。というのは、それが最も棟梁的・支配者的でそれへその他の諸学はさも奴婢のよう少しも逆らえないとすれば、その限りで、目的か善についての学こそ知恵の名に値する学である。なぜなら、他すべてはこの目的の為にあるのだから。」
道具的知識にすぎない理工・数学の学識を使ってもその使い方が悪用ならば、何も知らなかった時より世界を不幸にしてしまう。茂木氏が尊敬していると述べるアインシュタインは、倫理学をまず軽視していた為に、原爆投下への加担という全人類史上で最大級の罪を犯した。幾ら相対論その他を発見しても大量虐殺を犯してしまえば元も子もない。原爆被害者からみればアインシュタインが生まれてこなかった方が遥かに幸せだったのだ。
 全倫理学者の考えまた教えてきている、相互に矛盾や対立、相克を含む、複雑な人道の趣旨を軽んじて、正しい判断ができなければ、寧ろ、凶悪な知性のもつ危険度はますます高まるだけである。能力主義に基づく人種差別や大量虐殺に繋がりかねない堀江氏・池田氏らの両言説はこの点で、寸分も許容されない。