2021年2月3日

京阪ノリの分析

関西地方の人達のうち、特に大阪に近い程、下品な言動を好む傾向というのは、吉本興業の喜劇による影響度もあるだろうが、それにもまして、そういう舞台を作って一大商売にしている一部の民衆の性質が反映されているからだといっていいだろう。いうまでもないが、下品な言動を好むのは上品な人達ではありえないだろう。

 京都の人達もその大阪ノリに影響を受けてか、元来の性悪的資質(イケズと呼ばれる意地悪さを意味する、表面上の慇懃無礼さと対照的に、内心で陰険な悪意を持ちがちな心理・行動形質)か、大阪の人々と連動して下品な言動をしがち(いわゆるノリツッコミ、オチなどの一定の喜劇的形式を踏む関西ノリを前提に話してくる事が多く、その中で必ずしも相手を人格的に尊重せず、寧ろイジリなどと呼ばれるよう貶める事を合理化しがち)なのは一般的だが、そこに一種の俗物主義が上書きされている場合がある(京都市民界隈では『枕草子』の昔からよくある、華夷秩序的な地域差別、身分差別など、自文化中心主義的に馬乗り風の言動をする事がある)のは、中世に移民都市として大規模であった虚栄心に加え、世界文化自由都市宣言の京都文化中華思想*1の類が背後にあるからなのだろう。そして京大が図らずもこれを補完する核心装置として機能しているのも恐らく確かであろうし、京都市長・門川大作氏らが文化庁を京都へ移転させようとした企図も、同じ京都文化中華思想に由来しているのだろう。

*1

 都市は,理想を必要とする。その理想が世界の現状の正しい認識と自己の伝統の深い省察の上に立ち,市民がその実現に努力するならば,その都市は世界史に大きな役割を果たすであろう。われわれは,ここにわが京都を世界文化自由都市と宣言する。  世界文化自由都市とは,全世界のひとびとが,人種,宗教,社会体制の相違を超えて,平和のうちに,ここに自由につどい,自由な文化交流を行う都市をいうのである。  京都は,古い文化遺産と美しい自然景観を保持してきた千年の都であるが,今日においては,ただ過去の栄光のみを誇り,孤立して生きるべきではない。広く世界と文化的に交わることによって,優れた文化を創造し続ける永久に新しい文化都市でなければならない。われわれは,京都を世界文化交流の中心にすえるべきである。  もとより,理想の宣言はやさしく,その実行はむずかしい。われわれ市民は,ここに高い理想に向かって進み出ることを静かに決意して,これを誓うものである。

『世界文化自由都市宣言』 昭和53(1978)年10月15日、京都市