2021年1月18日

真の野蛮人は自分たちが最上で完成された文明人だと称している

京都、近畿などはこの種の中華思想の証拠で、事実、中世に平安京が作られて以来 この渡来人の植民都市は傲慢の限りを尽くしてきた。『枕草子』や『源氏物語』から『世界文化自由都市宣言』に至るまでいかに自文化・自民族中心主義による差別的言動が自称京都人らの手になり残されてきたことか。

 差別主義者は加害欲でそうしていることが殆どなので、彼らの加害のみが悪いのだが、逆に京都独特の差別観を人権侵害と指摘された際の彼らの逆上ぶりといったらこの上ない。「なんでも関西のせいにする悪い癖がある」などと陰湿な言い逃れで京都中華思想の批判者へぬれぎぬを着せる、卑劣で意地悪な言説はいつもの通り。あるいはまたこの中華思想を東京へもちこんできた天皇一味とその手先も同様だ。奈良への渡来人邪教祖は絶対者で、華夷秩序は正義と疑えず、要は一般の先住系日本人を差別的地位へ押し込め、都心から辱め、納税奴隷化する以外なんの目的もないのだ。

 その内情を一から十まで知っている私の目には、真の蛮族が自称天皇一味で、彼らの周囲に侍るダークテトラド的都会人どもだと悟り切っている。そして彼らは永久に反省せず、ひたすら悪業と虚栄心を積み増し、神の手になる溶岩がソドムやゴモラを滅ぼすまで続く。コロナ禍はまさにその一例である。