2020年11月18日

幕末、倒幕は存在せず、禅譲があったのみ

司馬遼太郎は倒幕という存在しなかった嘘を書いて、民衆を騙し金を儲けた。
 現実にあったのは徳川慶喜の妻・母方にあたる有栖川宮家と主家・天皇への禅譲と、小御所会議以後の薩長土肥・京都・芸州(広島)勢による慶喜への濡れ衣、及び、その不正を見咎めた会津・桑名、奥羽越列同盟への内乱・侵略行為でしかない。慶喜は自らの発想で大政奉還したのだし、天皇軍に弓を引くなとの家訓を守り、天皇家への江戸無血開城も自ら決断したのである(『徳川慶喜公伝』)。