2020年3月5日

都会で驕り高ぶる一方の衆愚は美徳の反面教師

衆愚は群れて得意がる。互いに悪徳や謬見を確認しあい、優れた美質を確証バイアスで貶める。
 死の疫病が蔓延しても満員電車に進んで乗り込む人々は、普段から殺人教祖皇室の傘下にある都内マスコミらに洗脳され、自ら不潔な大都市に順応したがっていた悪徳を、正常性バイアスで正当化していたのだ。
 死病により大都市圏、観光地で大量死が起きたのは必然で、彼らはその種の過密人口で流動性の高い不衛生な生活環境を普段から無闇にえりごのんで自慢し、ひたすら自己正当化していた。なぜ彼ら都会人一般が常々そうしていたかなら、単なる虚栄心からきた浅ましい自文化中心主義のせいだった。
 賢慮ある人々はソドム的な退廃に染まった、不衛生極まりない都心を既に離れていた。
 人の質とは「普段が全て」で、悪徳や悪意ある言行が日頃明らかな衆愚と群れ、安全では決していられない。

 死病は単に都会の暗愚や低民度、自己中心的欺瞞を明らかにしただけで、端から真相は変わらなかった。
 清浄な環境、より善良な人々がくらす田舎、自然資源や農工業といった基盤産業に恵まれた田園部に暮らす人は、大都市部や観光地を中心とした死病の蔓延にあたっても、相対的に安全だった。だが普段から安全で平和だったのである。
 衆愚は日頃の行いが最悪だ。善所善人を陥れ、悪所悪人を誉めちぎる。
 愚か者とつきあう者は、普段から劣悪な判断、謬見に惑わされ生きている。死病の蔓延に至っても事は同じく、死の淵まで差別的偏見から一歩も逃れ得なかった。致命的大震災の最中でも、事は同じだった。愚か者、悪徳に満ちた東京人らは更に悪意を露わにし、被災地を罵りみすてわれ先に逃げ出し買占めた。
 逆に、その種の悪辣な集団から常々軽蔑されたり、しばしば差別されてさえいる方が、事実上、遥かに優れている。
『論語』で孔子がいうとおり、「悪人から嫌われている人が真の善人」(子路第十三、二四)で、衆愚の逆にある特徴、即ち賢慮や善徳をもちあわせているからこそ、対極的な集団に位置する。

 愚か者、悪質な衆愚から離れて暮らせ。また彼らと誤認される振る舞いは決してするな。
 できるだけ第三者からも全く別の集団に暮らす全く別の存在と思われるよう、都会に群れた衆愚の悪趣味を反面教師とし、彼らの誇る何事も模倣するな。
 都塵を軽蔑し遠い文化に生きていれば、善い結果のみがくる。