年少者や無名が前提的に愚かだと思っている人は確実に足元を掬われる。
愚か者の相手をする時間に、自分が少しでも賢くなるよう時を用いるべきだ。
愚か者は教えても学ばない。そして悪質なら様々な人達に害をなし生きている。愚か者の社会的役割は、賢者や一般人の避けるべき悪例でしかない。
生まれながら愚かな人を助けたくとも、自らが模範となるしかない。
世間は人も物も鑑識力が一切ないに等しく、ただの銘柄にだまされたり多数派から容易に扇動される。だが彼ら全員の死後、なにが重要でなにがそうでなかったかがはじめて客観視される。
次世代の俗人も同一遺伝であり、やはり暗愚なのは変わらないので、常に、この客観視は一部の賢者のみが行える。