鈴木雄介ブログ
2019年8月17日
死の価値
人は自分に与えられる筈だった利益に応じてしか、他人の死を本当には悼まない。この点でひとは徹底的に利己的だ。
守銭奴の老人が死んだ時をみればわかるよう、そもそも或る不徳な他人の死が自分に得だと、本音では痛快がられている。社会が悲しむのを儀式化しているだけで死は損得で勘定される。
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