2019年7月11日

学歴主義、官学による権威づけ、金融倫理学について

きちんと学んでいない人達が、肩書きで見栄を張って、他人を学歴偏見で差別して生きている。そしてそういう人達、学歴差別主義者たちは良品と悪品を間違ってつかんで損失をこうむっている。しかも彼らは自らの確証偏見を糊塗するべく間違えているから、一生の間、真贋を見分けられない。アカデミズム(学歴主義)はこの種の愚行の生産基地で、しかも学位販売機関として中退・卒業者に適切なラベルを貼りつけるのは至難の業なので、実質的に不可能な詐欺同然の商売をしているのだ。
 学があるといえる人と、学歴があるといえる人は必ずしも一致しない。寧ろ両方が一致する例を見つけるのは至極困難だ。この世の知識は無限にあり、一般に伝統的な学問とみなされる様になったなんらかの体系立った言語情報の塊は、そもそも全知識の本の部分でしかない。つまり学と学歴がなんらかの意味で重なるとしたら、特定の専門知の有無をなんらかの仕方で試験できた場合だけである。
 より詳しくみれば、なんらかの入試で問われた知識(それも一部がわかっていなくても通ってしまうだろう)を除けば、卒業試験がなかったり、また各学習段階を精査していなかったり、あるいは卒論に代えているのでその作文に必要だった特定知識しか確かめられていない、といった無数の落ち度がある。この種の曖昧模糊とした神秘的な、もっといえばいかさまな学位を師が免許皆伝の印として販売する組織が、いわゆる大学や大学院を頂点とする、政府に公認された各教育機関殆どの中身である。
 今日の我々がスコラ学者を扱う時、その語彙にある種の軽蔑の念が含まれていることがある。それは彼らが現代の目から無用で疑わしい諸々の信仰解釈を大上段に当時の民衆へ教え、その権威と肩書きで食っていたからだけではなく、そもそも全ての学にこの種のいんちきさが含まれると多少あれ直観させるからなのだ。のちに明治維新と呼ばれることになった西国外様大名方のテロリズムを成功したクーデターとみなしている日本国民の一部(特に西日本の諸県では一般にこの種の薩長史観で子供を地域教育している)にとって、朱子学や儒教という言葉が意味しているのが江戸時代の幕藩体制に於ける主要な官学との関連性であるが故に、その種の薩長イデオロギーをもつ人は明治の天皇政体の内部にも反映されている儒学全般をかなりの悪意を以て漢心(外来の精神、考え方)とし、無視する。即ち、教育勅語や明治以後の天皇制(皇室)の、水戸学や松陰思想を通じた儒教的道徳観・国家観を、その種の薩長イデオロギー論者はみなかったことにするのだが、それでも、彼らにとって矛盾しながら儒学、特に理知的傾向がある朱子学の系譜をスコラ学的とみなすのである。要するにこういうことだ。科学主義もやはり同じ構図をもつもので、学の権威は或る時代の官学が基底してきた(無論、権威が真理とは限らない)。明治政府がそうする以前、自然科学や数学は国家体制、特に当時の人倫一般にとって決して重要でなかったがゆえ軽視されていたのだから。逆に短歌を当時の審美観にあわせてうたう歌学とか、物語から日本固有の人倫を抽出する文芸研究が国学と呼ばれ、王道の学だと思われていた。そしてその日本が欧米化されなかった時代の総合的哲学が、結果からみれば御三家の手になる水戸学だったのだ。事後的に新渡戸『武士道』が省察されたが、同時代的に学の権威がつくられるのは当時の政権の裏づけによっているといっていいだろう。
 近い将来、生産様式の変化は科学に後進的とするレッテルを貼り、政治権力の裏づける別の官学が発生するかもしれない。尤もこの官学による権威づけという思想潮流そのものが脱構築されることも当然あるだろうが。少なくとも専ら、浮薄な大衆政治家が出現する程度に応じ、金儲けの為の学、つまり経営学がより細分化されたなんらかの商学、恐らく金融工学が、おちぶれていく先進国の最後のよりどころとして、もしくは発展した国に於ける蓄積された資本を生かす生産力の必然的進展として、官学の王道とみなされるかもしれない。しかし私の見立てでは、その時点でも最重要なのは、いいかえるとより上位の学なのは、金融倫理に反映された総合的な哲学だろう。単なる技術は、ある集団の不幸さを増す方へも悪用できるからだ。この学問形態を、ここでは金融倫理学、または金融哲学と名づけておく。