2018年12月18日

日本の芸術界

既に評価が定まり、周囲からもちあげられた通俗作家の後追いをするだけで、訳知り顔の批評家もどき、いや単なる俗物が腐ったわが国の芸術界を更に淀ませていく。そもそもこの国にハイアートは存在しない。あるのは腐敗した同業組合、馴れ合いサロンのできそこない、そして皇族を通じて税金に寄生する根本的に悪意ある似非芸術家だけである。
 その様な国で何をしても足元を絡めとられ、カネやマスコミを駆使した下らない中央集権の権威付けゲームとか、小中華的差別の残渣とか、悪意あるサブカル文化人の様な商売人にすりよるばかりでとにかく何も創造しえないので、この国のアーティストはみなが金儲けか、永遠に無名かのいずれかを選ぶしかない。芸術界の地獄では低俗さが称揚され、愚かな外人に勘違いしたレッテルを貼られ言い訳もできない。だから心ある芸術家は心の底から日本国の芸術界をうらみ、破壊しようとするも、その意図自体も誰にも理解されないので、誰も生き残れないのだ。
 日本にあるのは下らない商品ばかりで、寧ろそれが芸術作品面をしてすべてを席巻してしまったので、日本人の脳内には文化的教養というものは全くない。漫画批評を文壇内での地位争いを目当てに中途半端にする者が当代の代表的知識人であるというなら、その国に学ぶべき事が何かあるのだろうか? 要するに俗受けだけが目的の幼稚な商業作品を国内のみで有効なガラパゴス学歴で糊塗しながら適当に享受しているだけ。何も語るべきことはないのだ。
 勿論、創作はこれで終わるわけでもないし、資本主義芸術が破壊され尽したでもないので、我々のやるべき事が生ある限り残るのだが。