2012年7月8日

生物的人類学

男性の貞節さ、純潔度はそのまま、國と地域の女性のそれと比例している。もしどちらかが浮気であるとか、おくゆかしさがなければ、羞恥心や罪悪感の程度に比例してほかにもそれはもとめられてきていない。事実、恥は外部からの、罪は内心からの多婚への抑制因としてはたらく。一夫一婦制度のある社会で純潔、童貞、処女性、virginityそのものやそこからめざされる慎重な婚姻への態度が目的視されるのは、単に家庭的資質をたかめるのに好都合な習性だから。それがよわい場所の方がむしろ多数の類人猿との近似を保っているのに注意していい。熟慮が特定の知能moduleを発達させその姿の発現が連続して選択された伝統も当然、今日の人類にとって特徴の一翼を担っている事だろう。
 性選択と階級秩序はこの面で、きびしいしきたりやこころのもち様に差をもうけてきたろう。道徳さえこの必然的結果な可能性がたかい。あるべき習性がない夫妻が特定の階級でくらすのはむずかしかった。動物や哺乳類からの大巾な差は社会内でもとめられた階級に比例してえらばれたのだろう。