2012年3月25日

情報文明の途上観

悪銭身に着かず。乃ち、佳き商売しか生き延びない。又、偶像は落ちぶれる。

 金儲けを目的地にしている人々は世界中のどこでも嫌われているし、現実にその場合は吝嗇という謗りから免れていない。共通貨幣としての世界通貨のしくみそのものに甚だしい矛盾と、魔と、汚名がついてまわっているわけ。
 多くの途上国民が考えるのとは逆で、先進国で生まれ育った人々の方がその心理に於いて貧しさに追い詰められているうえ、実際に社会性の下には貧しいのである。なぜなら、先進国の中には目の前に甚だしい贅沢の実例が展開されておりそれは手に入りそうな距離にもかかわらず、果たしてそれに浴するのは恐ろしい低確率の単なる強運に依存しているのだから。これが有名人とか、もっとあざむいた意味でのcelebrityにつきまとっている悪さ、そして虚しい実態である。
 浅ましい実質のとおり、かれらはすさまじい嫉妬の渦にのまれて偶像、idolとよばれたすえ頽廃した人々から人形あつかいされつつ、野蛮に情報消費され、最後は使い道のない何の目当てかもしれない燃え滓になっていった。現代文明とかいわれる媒体社交のすべてがこの悪質なくせにやたら冗談めかした、近づけない奴隷世界であった。

 我々が華々しいとみせつけられている社会の表層にはどんな尊敬すべき後生の手本もない。