あしき人類の破壊の手から免れた幸運な土地が極東の太平洋沿いのとある所にあった。そこは搾取を第一とかんがえる賎しい人種から、みずから神となのって世をのべようと驕る悪魔の目からまぬがれた。幸運にもそれは偶然によっていたから、多くの人は誰かの素晴らしい境遇が、成り上がりだとか成金だとか、浅ましい出世欲の権化だとか少しも思わなかった。それは十分に小さい所でもあり、人類がほとんど未踏になる中でありとあらゆる生命が自由を謳歌できる、およそ唯一でめずらしい避難地になった。
あしき人類の流した毒はあったが、数多の命はそれを何とも感じなかった。多くの生命達は毒というものをしらなかったし、もし知っていたとしても相手にする余裕はなかったろう。
避難地は原始的な求愛の場になり、素朴な木々の陽光との憩いの場になり、鳥達のけものとの戯れの場になった。川は澄み、数え切れない川魚が豊富な虫たちを捕まえるライ麦畑になった。全ては平和で、まるで夢の様だった。幾多もの苦難をのりこえた生命達を待っていたのは楽園だったのだ。
ところが、一つの不吉なきっかけがあり、そこは段々と再び、悪魔の手におちはじめる。はじめに巨大なカメラをもった文明人とやらが入ってきた。真っ白の装束に身をつつみ、なにか分からない事をうめきながら辺りをそのつめたい眼でながめまわした。撮影された自然は慄き、隠れ、篭り、宇宙から逃げ出したいと思った。しかしいつものごとく、人類は邪悪で救いがたい。楽園には巨大なトラクターがやってくる。つぎつぎ掘り起こされる、なにかの実験場の様な破滅の光景。川魚の子はわずかにみなもを通してみえる、水上の光景をうかんだ蓮のかげに隠れてちらりとみては、おそろしさのあまり母親の胸元に帰った。大地はゆれうごき、打ち震えたその業火で木々は呼吸をやめた。真っ青になった鳥の父親は急いで巣にもどり、子供を両脇に抱えていつでも逃げ出せる準備をした。空は曇り、大雨が降った。人類はそれでも諦めず、頭に「自然破壊」と書かれた鉢巻きをしめ、全員一丸でなんとかその場を離れまいとした。真っ赤な日の丸のうえに大書されたその文字は、どういう意味か動物たちにはしれなかったが、なにか人類というものが信じ続けているおおきな理想でもあり、信仰で、誇りの深淵らしかった。動物達は元気をなくし、嘘をつきあうほど不誠実になった。なんと、あしきことその下ない人類は卑劣にも余った餌を与えて、その中の一群を手玉に取っていたのだ。動物達は絆をうしない、父母は離反し、世界は絶望の色で染まった。以前見ていた空はもう無い。羽を毟られた鳥は地を這い、人類の一員に毎朝礼拝しながら血肉をとられる役目におちついていった。それを知らされたかつての同胞は、いまや二度とそこへ近づきたいとも思わなくなった。約束の地は遠い。人類は今か今かと気勢を上げ、ねじり鉢巻きにその頭のしるしをかえながらつぎつぎ楽園を滅茶苦茶にしていった。聞こえていたうつくしい音楽、小川のせせらぎ、森の合唱、夜の静けさ、朝の爽やかな空気は消えた。かわりに見るにたえないうらぶれた路地、石詰めの巨大な建造物、大声でがなり散らす大阪人の様なしんだ方がいい連中が連日連夜馬鹿騒ぎのうち好きなだけ飲み食いしながら七面鳥を殺し続けた。見放された土地で起きたすべては、あたかも必然の事に見えた。人類はあしきものであり、自然を救う志をもつ稀有な勇者はあらわれなかった。悲しみに沈んだ動物達のなきごえは、今では当たり前すぎてだれもかえりみなくなった。最新の媒体を通して流れてくる声は、みにくく、歪んだ関西人が貶めあう醜態ばかりだった。あの鳥、あの楽しげに太陽の笑みがこぼれる木陰で母親と語り合い、綺麗な歌声を響かせていた小鳥はどこへ行った。夜は深まり、大地はけがされ、天皇がけたついた。地獄がこうしてできあがった。
ある寒い日の夜中、やっと人類からの大量虐殺をまぬがれた憐れな子鹿が一廉の沢辺に降り着いた。もう夕陽は疾うに暮れたので何かはっきりと物が見えるでもない。轟々と流れ続ける滝の麓で、夜の闇が大世界の孤独を森々と靡かせている。「だれか、人類をやっつけてくれるものはありませんか」片足を罠で傷つけられ、放射能で眼を駄目にしたその痩せこけた生き物は誰へ向けてでもなく、聴こえないほど小さな声で囁く。「だれか、悪魔を滅ぼしてくれるものはいませんか」
真夜中はとても深く、自然の奥行きは底知れず、あの煌々と光り、輝きつづける大都会で人類がなしているかぞえきれない悪業を身に治め、沈黙に浸りきっていた。星々の瞬きは遥か遠く、動物達の目には少しも入らなかった。