2010年10月22日

無の根

自業自得の元では人格主義が成り立たない、といった気づきはカントの命題が目的としての対人格すらつねに手段を経由しているのを注解している、というくわしさの見逃しのみ。又無の前では普遍的立法の原理がなくなりえる、とはこの立法主こそ無、と説ける。つまりべきの問いが全理性の定義に返るのはそこがまやかしの表象や形相の各様からは離れているから。色即是空はこの言い方。
 神の定義が無にとっては空想にみえるのも、信の域を有限にしない為にはよき方便。東洋が多神教ばかりか無神教すら迫害せずに放っておくとしたら、そこに自然界の合目的さへよりそうため、人為の定めを極力避けようとした痕跡だけみつかる。信の伝達能率がもし冗長度に大幅依存しているなら、必ずしも一神教にとってのみならず人倫が共同体をすみわけながら共生させるのにも、法的利害調整をこえてはそれらのどの異端も業の侭に無知の程度に応じた宗教をさせおくのが賢いのは自明。和辻が空として絶対否定運動の原理とみたてたのは、禅をこえれば東洋に広くみられるこの無の理念だった。空は無の禅問答での媒介物。無自体は何も生み出さないので宇宙の原理や起源ですらない。なぜ東洋にあってこの種の超越概念が倫理規範の元になったかいえば、おそらく季節風型の風土で長く適応的であるには単に受容的かつ受け身であるばかりでなく絶えず変化しつづける自然の様相の前で特定の信念を唱導しない方がより冗長度への批判的基礎を保ちつけたからだろう。我々が村にあって、既にこの種の好みをもっていたのは物言わぬものへの崇拝、例えば天、道、それらの抽象理念ばかりか岩、山、海など言葉以前の人為の超越への憧れから分かる。そして実際にこれらへの狂信にすら見える物質崇拝の一種は、村では次々いうこともいれかわりたちかわるどこの馬の骨かしれぬ下手な知恵者の嘘へ付き従うより安全な上、自分自身の内省の投影しかみえない心の鑑の役目をはたすがゆえより騙されづらくなり、適応的だった筈。
 これは偶像崇拝が悪徳として働いた不毛の土地での因習とは全くことなる豊饒界での過去として、十分な考古学からの裏付けのいる推論。にもかかわらず現に神道がやまと民族の唱導のために伊勢本宮を通した天皇への中央政権主義へ武力征服で利用されるまでは、その自然崇拝の各様式は地域毎に独特な上ごく多様さのある物いわぬ鑑を拾っていたのだ。