2009年4月23日

国防の将来

メタン発電の時代が工業化された島国へほとんど莫大な資源を約束するのは目に見えている。

すると、いかなる立国でさえこの富裕を羨み、可能ならばかれらから分け前を引き出すか、あるいは移民や侵略によって富を分割しようと企むだろう。産業革命後のイギリスを考えれば防衛力そのものは決して無用とは思えない。
 もし米国が産業の進退に応じて駐在軍備を省力する政策を決定すれば、自衛隊は解釈改憲的差延、或いは「建前」の上で主要な護り手とならざるをえない。したがって今後の国防の課題は如何にして警察権力との一致を計るかにあるだろう。

どの国家も警察力を否定しておらず、また日本国憲法も文民統制の性格上そうしていない。
 日本人の歴史がはっきりと示していることに、史上で文官が長期にわたって政権を維持できなかったという“育ちの野蛮さ”こそは現代の国際平和レベルでは顰蹙ものというべきだ。
絶対の確信を持って言えるのは、もし些かなりとも国民が油断すれば必ずや戦国時代から五百年にも渡る武人統治の血筋が騒ぎたち、国政を暴力革命で奪い取るだろうと。

我々はほかのどの国家よりも強烈な自制心で『文武の分権』かつ『文民統制』をはかるべきだろう。さもなくば次は国統ごと水爆以上で消し飛ばされても首長が謝れば済むどころではない。
人類史は戦争が犠牲にする人間の数量、残虐さが次第に増大する傾向をも明らかに示している。
 古今でいまだ侵略統治を被らなかった強い国家は英米だけである。その理性的国防法を手本とするのは現在で最も有徳なことだろう。