2008年6月7日

今昔風紀の法

一夫一妻制度はあらゆる面で古今最善の風紀法であるだろう。
それが「最大多才」の原理であるからには、単なる経済力に人間生態を偏らせる場合に比べて、社会自浄の基盤を大幅に確保できる実例を看よ。先進国とはいいかえれば一妻国の事だ。何億万人の富豪も貧者の一灯にまさる価値を持ち得ないのは国家が「自治」を原則とするからには必然である。経済は当代流儀の上でのみ経済的なのであり、技術革新を興せるのは常に、無用の用へ懸命に従事する未知の人格であるだろう。かれのあらたな才がなければ世の中はより良くならない。

 一時代の富貴は悉く他の世の浮き雲である。古代文明の民は侵略者の目には奴隷化すべき野蛮にしか見えない。したがって文明とは絶えず維持または改良してつくり直せるだけのもので、飽和膠着した時その使命は終わる。
 にも違いなく、とある時代に到達された充分満足できる制度が若しあれば、我々はそれをできるかぎり無傷のまま後生に譲り渡すことに勉めるべきであらゆる旧さがそのまま旧さのためにわるいのではない。だからある崩壊直前の国民の目には古代が一番懐かしい、温故知新とは現行制度の悲惨を物語る言葉だ。