2007年11月12日

地球文明学

科学は人類にとって何の役に立つ作為なのか。科学哲学の範囲に入る思索かも知れないが、科学は自然を対象にした思考遊びではないか。いかなる見識も相対的。科学は思考を洗練させる。科学はより真実らしい見識を導く。だが、永久に真理には到達しまい(イデア論)。
 科学技術は人類を幸福にするか。単なる暇つぶしの理論科学と異なり、その応用として現れる工学は、人類へ近代文明を拓かせた。
 近代文明は普遍的? たとえ数字ですら十進法の人間原理に基づく。同じく、地球環境に適応するための五感を利用した自然科学には、人間社会の知的程度を反映した社会学と同じように、地球人類独自の奇形が存在する筈。近代文明は人間原理に基づく限りにおいてのみ地球的。決してそれが全宇宙標準の証明となる訳ではないだろう。科学技術は未知の危機の為に、宇宙適応力を自己増進する為だけに役立つ。Technologyを悪用した人類はみな、近代文明拡大の犠牲者でしかなかった。
 理論科学における真理の探求はこの基礎力として働く。と同時に、人類の普遍的な知的地位を高めようとする。我々と同等程度の知能容量を持つ生命体が果たしてどの場所に居るにせよ、地球人類は知能特性を伸ばした随一の太陽系の命だった。
 古代ギリシアの哲人が考えた様に、真理の観想、理想する事が我々の目的ならば、それは来るべき地球外文明との接触のために滞りなく準備する努めを意味する。