2006年11月1日

回転

砂浜に寄せては返す波の音が、白くて細かい足下の素材に色んな模様を描いては変える。はしゃぐ女達は若い。肌を太陽からの放射に輝かせてUVカットしながら水しぶきを揚げて、きゃーきゃー嘆く。線の太くない水着は彼女らのはち切れるばかりに眩い体をきゅっと、締め付ける。ぴちぴちと水滴を撥ねるやわらかな肉からは、シャネルナンバーファイブにも似たマリリン臭がする、気がするが、気のせいだろう。ポップアートはない。空は薄い青。海岸線には殆ど人影がない。やかましい騒ぎ声の他には、自然の穏やかな営みをけがすどんな要素もなさそうだ。
 しかし、少しずつ何かが変化し出す。地球は回転し続けているからだ。
 女達の中の一人はいつの間にか、東京ディズニーランドに沢山居るみたいな、クマのぷーさん風味のキッチュなぬいぐるみを被っている。このくそ暑いのに! そうかと思えば沖の方から大きなサメがやってくる。映画ジョーズのテーマが背景で秘かに流される。
 不吉なムードに気がついた女のひとりが友人に危険を知らせる間もなく、巨大な姿態が海面に……と、じつは鮫の背鰭せびれみたく見えたのは只の張りぼてでした。表れたのは「もじゃもじゃした変なやつ」だった。なんだこれは。女達とぬいぐるみは、ぽんぽんもじゃもじゃを叩いて面白がっている。永久平和のために。赤く萌えた太陽はにこにこ笑って、みんなのお遊戯ダンスを眺めていた。溢れる涙は既に、遠い未来の物語へ溶けて、静かに渇いて消えてしまったのだ。
 夜になり、朝が来る。海岸線は様々にかたちを替えながら地球温暖化の影響を敏感に受け止める。
 空ゆくカモメの一羽が急降下してる。あれはジョナサンだ!
「エビのチリソース煮とライス・サラダ・スープのセットですね。かしこまりましたー」
店員は奥のほうに帰って、えびちりいっちょーとかなんとか叫ぶ。
「懐かしいね」
と、女が言う。
 そうだね。記憶に違いが左程はなければ、昔、僕らはあの白銀の浜辺で濱崎あゆみのメモリーズを元気よく歌ったものだ。
「あれから随分、時間が経つ。いまでは二人はよっぽど年老いてしまった」
「けれど、あの頃よりずっと幸せだわ」
「或いは」
すると、カーット、の声が掛って、演技は一時中断する。ダメだめーっ。そんな臭いセリフがリアルに聞こえるわけないだろ? もっと自然に。小説じゃないんだから、いい? チャンスはもう一度だけだよ。
 さあいくよ。リスタート
「あの日のきみはほんとにきれいダッタね……」
こらこらーっまたダメ。ほーら、なんにもわかっちゃいない……。だからお前みたいな三流役者は仕事とおまんまに今日だってありつけないんだよっ、ナメるなっ。バンッ。監督っそれ以上やめて。
 もうお願いだから彼をイジメないで……おねがい。なんだあ? お前、単なるグラビアアイドルの分際でカントク様に逆らう気かあ~いいご身分だな、おい。あ? なんだ、その表情は。ははーん、さてはおまえら出来てるなあ? おい。AD、こいつらダメだ。降板させろ! 直ぐこーばんだっ。カントク。ボクも反対です。素晴らしい演技だったじゃないですか……まるで俗物作家の鼻がひん曲がりそうにへたっぴな会話シーンみたいな光景でした! 是非ともこのまま続けて下さい。お願いします! うるうる。だーめだこりゃっカメラ。引き揚げーっ
 ぱおーん、とわななく象の一匹は自分がどこから流れて来たのか知らない。灯台が遥かに照らす行き先には、一体、何があるのだろう? 象は大きな瞳をしぱしぱ瞬かせて見る、象にもまぶたがあるならば、ずんずん町を、人々の愛しい生活を無関心に踏み潰して進め! 象。ゴジライク。その歩みを誤つどんなお邪魔虫もあり得ない。天をゆっくりとながれる雲は、龍の尻尾をちゃっかり突き出している。なんて奇跡!
 象はやがて辿り着く地上のはてへ。そこから轟轟とアトランティックオーシャンの大水おおみずが滴り落ち、遠く真っ白のここは想像上の世界だ。果てはなにを想うか象? それでも地球はまわる。