男は何より世界の構造が嫌いであった。とるに足らない何かを奪い合って競争を余儀なくされる法。その輪廻に巻き込まれた理由を独り、問わない訳にはいかなかった。どうしてわざわざこの世に産み落とされたのか。
男の親は平凡な現代の中流階級にあって、何らそんな哲学的な問題を拠り所とはしていなかった。だからこそ彼は特別に知的な由なく育まれたのであった。
男は俗物を徹底して嫌悪していた。倫理学は彼らを尊重していたが、彼には猿にしか思われなかった。それだから男が自分の身の置き所をこの世のどこにも見いだせなかったとしても不思議ではない。
朝日が昇り、また沈む。男は年中の繰り返しにくくりつけ貶められ、辱められていた。屡々彼には死という、遥かにぼんやりした運命だけが身近であった。
世間の駒達は、己の権益を全うすることに必死で、目を持っていなかった。ややもすると男は肉だけこの世に住まいながら、地上の何物でもなかった。なぜ彼は生まれた。
空模様は移り変わり、うつくしいものをなべて押し流してしまう。陰影は深まり、輝かしい世界をますます遠ざける。場所の知れないどこかへ墜ちた一個の命は、やがて再び宇宙の姿見のうちに融け出していく。しかしそこにはどんな理由もないのだ。