2006年6月14日

哲学の趣味的転回

自然法則は数学的信仰だ。たとえ帰納的に導かれたものであれ、自然界に一定の規則的認識が可能であるという信念は事物に対する思考の洗練。つまり科学的認識は宇宙を説明する為の人間的試みであって、精神作用から離れて実在する訳ではない。いわば、形而上学で実在と認められる唯一の事象は我思う故に我在りを忠実にこなす精神という主体以外にはない。よって総ての善は精神からのみ出発し、また精神に辿り着いて終わる。哲学はこの様な精神崇敬論を環境に適応して延長する試験である他ない。
 よって私は主張する。精神は至善を実現しうるし、それはまた生存ある限り際限ない思索的態度のなかにのみ見つけられる理想の境地だろう、と。