2006年5月26日

道のり

山奥を行く野武士。草を分け、木々を払い、道無き道を行く。空には満月が浮かび、冷たく男を見つめている。
 清流に出会う。水を飲む雄鹿がぼんやり闇に浮かぶ。男は、水を両手で掬い、啜る。瞬く間に体中が癒やされる。笹の葉がさらさらと音、響かせる木陰に腰を下ろし、肩の力を抜く。風が絶え間ない自然の歌を奏でている。そこには美しい秩序のすべてが作曲されており、また完璧な手際で演奏されている。
 男は土くれでよごれた手のひらで涙をこする。目がしみる。物音がした刹那、柄に思わず指を這わす。急いで利いている片目を凝らす。しかし、林間に紛れて、気配は消えてしまう。
 男は暫くそのままの姿勢をつづけていたが、やがて立ち直り、河原を去る。後には月明かりに照らされた小川と、水のなかで背中を光らせる山女だけが残る。さらさらと笹の鳴る音がする。