2006年3月14日

神性及び精神性

宇宙はentropyを増大させて一体何をしたいのか。事実を観測する我々は遅かれ早かれそれらを理論化して宇宙の未来図を見知るだろう。しかし、宇宙自体は方法を教えるが、理由、なぜ作ったかを教えてはくれない。哲学が為すべき使命はこの理由を考え出すことだ。それは科学では不可能な仕事であり、だからこそ哲学という営みは言語の用法についての熟慮以上に未だ意義がある。
 実践理性の転回。乃ち自ら理由を生み出す主体としての理性。そして君は、少なくとも人間にとっての宇宙の理由は文明にある、と思う。最大多数の最高幸福を目指す福祉行為は人生の普遍目的故。しかし、なぜ宇宙はこうして我々を何の理由もない世界へ放り出したのだろう。精神だけが自由を知る。そして思考は理由を探して思考し続けて行く。宇宙の理由は思考。けれどその理由がどうしてこんなにも理性中心主義に至らなければならないのだろう。どこ迄も広がる宇宙において、どうして理性だけが完全であり得るだろう。精神はどうしてそこまで自尊するのか。彼自身が神である様に。
 哲学的に内省することは自身を神らしさへと高めて行く。それは我々の道徳性を鍛え上げる方法だった。