2005年11月23日

信仰の究極地点について

信仰の基本目的は自らの精神的安定によって人生観を程あれ固定することにあるだろう。だから信仰が全く「無い」ことはない、その場合、「何も信じない」という信念があるのだ。もし自信に到達すればこの目的、つまり無信仰、無信念、無心は当然達成される。そしてこの無心の立場でこそ自らが人間という普遍的実存である限り、多かれ少なかれ思い込みがある誰もの人間性を信じることになる。