2005年9月26日

知性の義務たる慈悲について

専ら他生命体を利用し自らの権益を拡大するありがちな無知な行いに終始している人類はなにを達成したというのか。己の無知を自虐し知的生命と称するのは無恥の極みというべきである。
 苦痛を避け快楽を取るのが生存の基本的あり方と功利主義は主張する(快苦原理)。人類は主としてこれを自己中心に、同類の中でも身近なものにしか覚えないだけの共感能力しか持ち合わせない。その薄情さが彼らに幸福なる言葉で示される共同幻想を抱かせる。この点で、未来の人類にしか希望はないだろう。乃ち、同類は無論、自己以外の生命体の幸へ最大限に貢献し、その上で地球と呼ばれる自らが破壊してきたすみかを再創造する慈悲。
 人類の傲慢は必ずや宇宙の平原に旅立つ、知の同一性に恥をさらさないよう祈りながら。その一生を文明に捧げる世界とは。知らざることを知らなければならない。