2024年1月29日

産官学分離論及び個人の士風について

東京人一般は、𝕏で普段の様子をみる限り、違法だが風営法下で事実上の政府公認ともいえる「黙認売春」を人権面から擁護や、その享楽面を日々賞賛すらしているが、自由恋愛の中では特に女性側の悪意あるリベンジポルノや所謂「売春二毛作」を激しく奨励している。
 この二重基準が彼らの令和期の常態だ。
 そこにある甚だしい矛盾は、第一に、黙認売春が彼らに享楽的私利を与える限りで肯定され、かつ、リベンジポルノ・売春二毛作も遊女側に老若両時代に経済的利益を与えつつ適当な標的を陥れるのに好都合だから、どちらも法や倫理と齟齬しながらも令和東京では一般に、大規模に肯定されているのである。又、所謂東横キッズとして、江戸時代や敗戦直後に退行してしまったかの様、都内一部では立ちんぼ的な私娼の性売買罪が急増している(「売春防止法」で違法行為)。その低年齢化も観察できる(都の「青少年健全育成条例」違反)。
 これらはジャニーズや吉本興業の乱倫と同時並行現象で都の風紀を示す。

 資本・民主主義が都民という嘗ての江戸っ子の後裔らへ性の享楽をその商品化の中で追求させている。
 漫画・アニメ・ゲーム・ポルノ等の副文化中でも似た姦淫賛美がみられ、相当数の都民らは春画消費の時代へ一気に先祖返りしてしまった。コミケなる手作りエロ漫画即売会の動員数は驚異の数十万人だ。東京NHK本部は局内でジャニーに未成年買春罪をさせていただけでなく、平安時代の皇族が未成年標的含む強姦罪を繰り返す古典的猥褻小説といえる『源氏物語』作者を美化する大河ドラマを現在放送中である。しかも、自分のを除けば批判が特段みられない。寧ろ茂木健一郎氏はじめ、風紀紊乱を称え続ける。ネット影響者らの中にはあからさまな不倫で炎上した女もいる。しかし少なくとも称文化人の地位から完全に転落したとも思えない。スポンサーは被弾を恐れ撤退しても、相変わらず彼女を便利な論客に使う組織や行政もある。
 こういった乱倫模様は、つまり、東京の倫理崩壊的覇権自壊を意味しているのだ。

 東京は江戸幕府の上に明治政府を建て、また戦後政府へ置きかえた。この政府の周りの人々は武士道に由来した貴族道徳の担い手たる事を諦め、町人道といえる享楽主義に退化した。皇族や高官も凡そ残らず似た風紀に染まったので、出てくる新聞はどれも政教腐敗ばかりと、道徳なき衆愚政治に陥ったのである。

 もし悪徳が自滅原理でもあるなら、我々茨城勢はじめ、東京圏に完全に飲み込まれていない領域の人々は、東京人風の退廃を進んで退けねばならない。都内の人々は、例えば港区女子のすし屋炎上にみられるよう拝金主義に陥ってもおり、賎貨道徳の対極にいる。今は武士は食わねど高楊枝式に清貧を尊ぶべきだ。
 明治期の西洋化に続き、戦後期の米国化は日本中に資本民主主義(或いは自由主義)や実用主義といった欧米風の考えを広めた。だが和魂洋才という概念がそう示していた様、我々が伝統としてきた要素の中に、欧米に勝る面もありうる。この場合、武士が示していた貴族義務に、衆愚政治からの一脱出口がある。

 さきに米国拝金主義下の男性を「逐円の男子」と批判的に形容した福沢諭吉『文明論之概略』や、新渡戸稲造の『武士道』を引き賎貨道徳の貴重性を称揚した藤原正彦『国家の品格』等で、資本と権力の分離が議論されていた。東京の退廃原因は、両者の結合に加え、教育の結託を加えた産官学連帯によっている。
 東大閥の文化人影響者らに、凡そ一様に反社会性がみられるのは、彼らが産官学連帯を一手に握り、それを乱用しうる特権的地位にあって、しかも貴族道徳に従うつもりがないせいだ。ネット評判社会では炎上商法でも広告塔的に私利が得られるので、彼らはもはや人倫の踏みにじりに経済合理性をみているのだ。

 絶対権力に近づく程その公さは高まる。戦争協力を世界で最も先に拒否する先駆的な科学者倫理の宣伝をしてきた日本学術会議への自民政権からの過干渉問題、或いは企業献金の裏金化による秘書切りでの脱法脱税やiPS利権によるSTAP細胞攻撃にみられるよう、「産官学分離」が制度的に必要なのも無論である。もし産官学が相互均衡を保っていれば、批判的な検証を含む牽制のききめによって、東京圏で現に進んでいる様な衆愚政治への堕落を防げるかもしれない。
 政府は単に「教育関連の自由」を尊重するだけでなく、国社主義的な民業圧迫とも縁を切る必要がある。産学両者を政治目的に利用してはならない。
 政府が産学両者への何らかの干渉を正当化できるのは、両者の公害か犯罪が、合法的な政府権力によらないと事前・事後防止できない時だけである。これを除けば、政府は町人生活に干渉しなかった武士の風に見習って、寧ろ民事自由を尊重すべきだ。
 産業や教育も政府を頼らず、自力解決の独立心が必要だ。

 個人はかつての侍の風を模範とし、一旦事あらば国事に奔走する大義を胸にしつつ、普段は町人風儀に染まらず、道徳一切をわが身に収めるよう終生徹底的に求道し続けねばならない。道徳の模範たる事はこの世でなしうる最後の課題で、聖人らの美徳を見習うだけでなく、自ら世界に至高の正義を示すべきだ。

文明論の概要