古谷経衡という人が日本は「世俗国家」だ(だが精神面では中世の封建制を引きずっている)と書いていた。
日本を世俗国家とする根拠が憲法20条「信教の自由」なら、憲法1条から8条に定める天皇・皇室が宗教祖な限り、現日本は厳密な意味での世俗国家ではないといえると思う。
皇室の存在が既に封建制の名残だから、御所とか皇居とかを根拠に、京都・東京から全国を「田舎」と呼び門地差別している京都市民とか東京都民、彼らのその封建的意識に媚びを売る一般日本国民が相当数いる通り、皇室をなきものとしない限り、日本が真に世俗国家になり政教分離を成し遂げる事はできない。中古代の奈良県を根拠地にしていた封建君主(豪族)の一人に過ぎない天皇・皇室を、崇拝だとかご恩と奉公式に崇め奉る民衆は、精神的にも制度的にも、完全に中世に生きているといっていいだろう。この意味では京都の様な擬古的な町だけではなく、日本各地に中世人が住み着いている。政府内も例外でない。
日本人の相当数は考え方が中世のままで、制度上、皇室を完全廃止するだけでは恐らく十分でなく、憲法・法律の上で皇室の権威を及ぼしていた部分(憲法1~8条や皇室典範、退位法など)は完全に除去した上で、彼らの遺産も政府管轄から外し、尚且つ、彼らの過去を無視し単なる一国民として扱う必要がある。