2020年8月12日

日本語に於ける美術と芸術の正名について

きのうNという人がユーチューブ動画で次の様に、美術と芸術を定義してるのをみた。
 彼曰く美術とは写実画の写真的な精度が上がっていく過程で、芸術とはそれを脱構築する事らしい。

 これはfine artの訳語たる美術と、artの訳語たる芸術の、極めて独自解釈による彼特有の定義というべきだろう。

 一般論または辞書的定義としての美術 fine artとは、芸術 art全体のうち、特に音楽、絵画、彫刻、建築、詩にあたる、最も古典的な分類の事である。
The Project Gutenberg EBook of Encyclopædia Britannica. Volume 10 (11th ed.). 1911.

 ブリタニカ百科事典ではこれらを5大芸術 five greater artsと呼んでいるが、副次芸術または補助芸術 minor or subsidiary artsとして踊りと劇を挙げている。

 これらが一般英語での古典的な意味での、訳される前の美術・芸術の原義といえようが、元々artは「技」の意味であり、より広義でも使う。

 Nのこの2つの言葉の使い方は、恐らく、日本で一般俗人(但し主に、百貨店での写実売り絵描きとしての彼の顧客となる年長者)の間で流布されている、岡本太郎の芸術論の語義を、独自解釈したものだろうと思う。
「芸術は爆発だ」とする岡本は、前衛 avant-gardeの意味で芸術の語を使っていたのである。
 即ち、より厳密に原義及び英語圏での語感に即して正名すれば、Nによる「芸術」の語はそのまま「前衛」に、Nによる「美術」の語はむしろfine(立派な、素晴らしい、完成された)との形容詞を伴わない、単なる一般的な「芸術 art」にあてられるべきだろう。
 更に彼のいう「(Nにとっての)美術」が、絵では写実の再現精度との説は、少なくとも国内外で既にほぼ通用しない美学というべきだ。西洋では少なくともプラトン及び、アリストテレス(特に『詩学』)から模倣と絵に明確な対応関係が認められるが、近代絵画以後は美術らしさが唯の再現性から離れた。
 日本の伝統絵画についても同じ事がいえ、そこに既存していた絵(のち日本画と呼ばれるもの)は必ずしも再現性を美術の質と見ていたわけではない。
 N自身が写実の商業画家なので、それにひきつけ定義した「(Nにとっての)美術」なのだろうが、上記を省みれば却って国語に混乱をもたらす曲解だろう。