2019年12月25日

資本主義とは何か

資本主義は大航海時代ころ徐々にはっきりした姿をとった、高リスク事業への有限責任な出資法だったとおもうのだが、マルクスが付加価値を「搾取」とほぼ同一視しだしてから大規模な見直しが行われだした。その人々をわれわれは「左派」と呼んできた。
 ところがこの左派も色んな運命に遭った。

 かれらの最も大きな成果は、主に北ヨーロッパと中国での政権支配だった。
 ロシアや東ドイツでは失敗したが、その後も西洋全土で左派らは資本主義の見直しを続け、およそスカンジナビア半島の3国、ノルウェイ、スウェーデン、フィンランドではほぼ確実な地盤をえた。これが「福祉国家」と呼ばれる。
 中国ではもっと大きな成果があがった。文化大革命とよばれる学生運動を端緒に、日帝の去った混乱期に旧体制へマウントした新政府が樹立、いまの中華人民共和国になった。旧体制は台湾に逃れ、親日派として残存したが、大勢は一国二制度と呼ぶ資本主義と共産主義を両立させる新型左派に従った。

 マルクスは当時のドイツやイギリスなど西洋の社会で、いまでいう「社畜」が大変なめにあっているのをまの当たりにし、実際、昔は少年が奴隷状態で働かされそのまま死んでしまうなど過労死よりひどい労働環境だったわけだが、知識人としての良心から、妻子もいる極貧の中で革命思想を温めていたわけだ。
 対して日帝侵略下でしたたかなゲリラ戦にもちこめば勝利は固いとみていた毛沢東が革命成功後、鄧小平は『先富論』と名づけた文章で今の中国経済を基礎づけた。そこではマルクスの考えを一部改変、全労働者を豊かにするにはまず金持ちになり寄付する人が必要だ、とトリクルダウン的発想を正当化した。
 彼らは、政治・経済学の世界史からいえば偉人たちであり、少なくとも資本主義と呼ばれる大きな流れが発生してから、生じる貧富の差をなんとか解決しようと奮闘し、部分的には勝利をおさめてきた。別の言いかたをすれば彼らは良心のゆえに、自分さえ金持ちになればいいリバタリアンにならなかった。

 これとは逆に資本主義陣営はずっと旧体制として残り続けており、われわれの国、日本はこちら側にとりこまれてしまった。最も大きな理由は第二次大戦の趨勢で、日帝をつぶしたのはおもに米軍、今も基地がのこるよう間接統治を担当した米国に大きく影響された。その米国は資本主義の最大信者だった。
 そもそも大航海時代、コロンブスらが新大陸に黄金の国ジパングがあるとうそぶき、そこへいって金塊でも略奪すれば一気に億万長者だと、今でいうクラウド・ファウンディングをはじめたとき、彼らに出資するのはかねをどぶにすてるに同然とみえた。なんの実績もない若者に大事な金を託すのだから当然だ。
 つまりかねを貸してやってもいいが、もし本当に黄金がみつかったらちゃんと分け前よこせよ、と海賊契約を結んだ人達が、今でいう資本家だったのである。
 時は下って新大陸にいたのはユーラシア逆側のインド人ではなかったとわかってから、入植者らはこのしくみをそのまま利用し、小商いをはじめた。
 今をときめくFAANGも、最初の姿をみれば、車庫でゴミをいじくっているまるで実績がない若者に、こいつらもしかしたらやるかも、と、ケインズのいう「アニマル・スピリット(けものだましいとでも訳せる)」で期待した人らが出資したところから事業拡大がはじまる。本質は変わらず続いているのだ。
 この獣魂がいきつくところまでいくと、怠け者を助けたがる米政府に税金はらいたくない、俺たちが好きにやれることこそ出資者に報いることなんだとなり、ジム・ロジャースみたいに世界旅行しながら租税回避地で蝶ネクタイ結ぶ結果になる。アップルのティムはむしろトランプとうまくやっているほうだ。

 では日本はどうなのか。実は獣魂はこの地にもあって、たとえば無名の丁稚、貧しい身なりの松下少年が、或るお寺の境内で、まだ粗末なできだったろう当時の新商品である電球だのを売っていたところ、その寺で果てた桜田烈士の墓参りにいった水戸人が偶然これをみて子供ながらけなげとあわれみ、お金をあげたのがパナソニックのはじまりだった。
 なぜテレビドラマ『水戸黄門』がパナソニックの提供だったかといえば、根底には松下少年の恩返しがあり、いわゆる資本主義のしくみなのである。
(史実をより正確に書くと、1918年に大阪四天王寺で、23歳の若者だった松下幸之助は創業期の資金難下で二股ソケットを売っていたが、同寺へ烈士慰問していた水戸徳川家老の末孫である当時41歳の三木啓次郎と偶然出会い、水戸の田畑を抵当に出資された。
 のち松下は啓次郎に相談の上テレビドラマ『水戸黄門』をスポンサー放映し、啓次郎らを祭る常磐神社境内の三木神社などに寄進した。水戸妙雲寺の啓次郎墓碑に「松下幸之助顧問」とある。
参考:ウィキペディア「三木啓次郎」、『朝日新聞』2009年11月13日付け夕刊、1面)

 ほかにもホンダやソニー、日立などわが国の一流企業の創業期を辿ればすぐにわかるよう、獣魂なくして起業なしというしかない絶対貧困からの出発がある。
 すでに世界の時価総額トップ10で上位争いを演じている、新興中国企業アリババ。その創業者ジャック・マーはとても有名な逸話だがほとんどの入試で落第しまくっていた圧倒的劣等生だった。しかしたまたま、日帝が去って荒廃した町にきていた留学生を片言で案内したのがきっかけで、初歩英語だけできた。
 これを蜘蛛の糸にしてマーは英語圏に留学し、やがて資本主義を学ぶと、熱意で最初の出資をうけ、今の大帝国の基礎となるアリババドットコムをつくった。おそらく一足先に同業種を率いていたアマゾンに触発されたのだろう。そのアマゾン創業者も、最初は親から借りたお金でしょぼい起業をしたのである。
 すなわち、リバタリアニズム(自由至上主義)は一見すると、左派と対極にあって、搾取を正当化する成金根性の権化にみえるが、動機の根源までみていくと獣魂がでてくる。どんなに貧しい状況からでも誰の手も借りずまた自分はやってみせる、との自信が、過信に至ると、政府など無用だと考えるわけだ。

 日本は米国に大きく影響されてきたと書いた。それに比べ、西洋では左派が大きく勢力を伸ばし、スカンジナビア半島は少なくとも支配したと書いた。中国はこれらのどちらにも影響されつつ、第三の道を進んでいると書いた。
 大まかに今日の政治・経済界を地球単位で見ると、この様な構図がある。

 孔子は「温故知新(古きをたずねて新しきを知る)」の語で、歴史を学ぶのは未来への洞察をえるためだと教えた。
 資本主義をとりまく状況の変化は、間断なく続いている。現時点でいえるのは、社畜志向と自己責任論のはびこるわが国には獣魂すらろくに残っていない。かといって左派も貶められている。
 一部のインフルエンサーらがオリジナル商品をつくって起業しろ、副業しろと煽って獣魂を喚起しようとしているが、セロトニンS型脳の性質からもリスク回避性向の激しいわが国民の多数派には、清水の舞台からとびおりろとしか聞こえていないだろう。その証拠に子供にさせたい職業の上位に公務員がある。
 自分のみるところ、脳のうまれもった性質を生かすほうがまだ適応的で、日本人の多数派が獣魂で動く事は今後もない様におもう。千代に八千代にさざれ石の巌となるまで旧体制が続いてほしいと願うのなら、中国のさらに先へと資本主義の段階を進めていく冒険から離脱し、町の人をやっていたほうがましだ。
 だが日本人でもセロトニンを受けつけやすい脳をもつ冒険好きはいる。その人達が十分に賢明なら、過去の偉人たちから学び、過去になかった新たな行動系列をみいだし、マルクスが願った社畜救済をし、最低所得保障で無気力ニートを援護し、獣魂を使って米中企業の地位をも追い落とすかもしれない。

 左派を敵視し、かといって獣魂の資本主義も理解せず、冒険しないコロンブスとして日がな寝ているか、ネットでユーチューブの下らない動画をみている現代日本人の中にも、未来の松下少年がまぎれているはずだ。この社会に必要なのはその希望の種を応援する気概であり、貧者がどう変わるかの想像力だ。