アカデミックな哲学、大学風の哲学を習うことは全く哲学自体にとって有害で、その本質的権威さえ損なう。哲学の原義は自ら考えること、知恵を友愛しうることを指すだけで、過去の思想家を分析すること、つまり思想史や文献学の研究ではない。特に近代日本の哲学科は文学部に置かれ、単に思想史の文献学を行う、文芸研究の装置でしかない。大学風の自称哲学徒の実態は、この様に往々にしてただの文芸研究者である。
一方、哲学の究極には万学をまとめる必要があるので、文芸研究、思想史、文献学のそれぞれも他の全学問、芸術学と同じく必修であり、単に大学風の哲学は人文学の一部を構成している要素でしかない。いいかえれば日本国内の大学での哲学科は「思想史科」に名を正すべきである。