2019年6月15日

賎貨思想は政治の一般的徳

賎貨思想は金権政治(金と権力の癒着)による腐敗を防ぐので、善政の一般徳である。単独支配、少数支配、多数支配のどの場合でも、また商業化が進んだ集団でも事情は同じである。
 ある個人が商業を政治と混同している時その人は政商といわれ、彼らは政治の調整的機能(矯正的、調整的正義。所得再分配や法廷での被害者救済など)を無効化し、仮に公害でも自らの金儲けに有利な方へ権力を歪めて使いたがる。
 商業を生業にする人々が多数派を占める集団では、政治と商業はたやすく混同され、彼らは町人倫理や拝金主義といった商業活動を合理化する信仰のまま政界進出し少数派の公益を踏み躙ったりする。富者支配では時に、富者らが寡頭政治を伴って貧者へ自己責任論をおしつけ弱肉強食を正当化し始める。また単独支配者が金権政治の傾向を伴うと彼らは贅沢三昧に耽り、民衆の困窮を省みない。これらを原因とし、政治を教える文脈内で賎貨思想が私利を超えた公的判断に必要とされてきた。
 労働や蓄財の正当化は商人の本質的な純粋生産性のなさ、つまり農工業的な生産物をうみださない虚業の性質を自尊心その他で上書きする為のものだ。彼らはしばしばこれを自由主義(市場放任を原則とする経済思想)や資本主義(今日では主に株式市場を是とする考え)と混同する。いいかえると商人の信仰体系は政治的公徳とややもすると矛盾する。上述のよう公職にある者が商業道徳で行動すると公私混同を起こし、公害を必然に伴う。

 今日の日本で多数派を占める商人が政治に自らの金儲けを手伝わせようとする傾向は、商人一般の金権政治とみなせる。特に安倍晋三首相がアベノミクスと自称した経済政策は、日本株の株主らに好都合だが国民の過半に不都合な格差拡大政策を飲ませようという公的悪意によっていた。この考えが日銀や年金機構による企業国有化、量的緩和と称するゼロ以下金利政策で市中の円の総量を水増しする為替操作や、果ては内閣が直接賃上げ要求を各企業に行うなど市場介入の数々、公然たる公民混同につながり、いわゆる自民党安倍政権の国家社会主義政策全般をもたらした。実際彼は典型的な国社主義だった明治政府を理想視さえしている。
 既に述べたよう政治の役割は調整であり、市場の配分機能で必然に生じる格差拡大を強化することではない。この意味で安倍独裁は長期に渡った腐敗政治に他ならず、商人の一部が懐手を肥やしたがゆえ賞賛していたとしても、それは公金を私利に流用した悪徳政商の戯言にすぎない。
 一刻も早く安倍独裁を打破し、不利な立場の少数派や貧民を救うのに公金を振り向けることを善政というのだし、同時に国政の市場壊乱を自主規制し、大手電力会社による公害防止(外部不経済の内部化)であるところの原発再稼働禁止や廃炉の命を政府の責任で行うのが公共の義務だ。元々自民党員総勢や経産省の一部官僚が原発公害を推進しているのは彼らが金権政治を伴う腐敗政治勢力だからでしかない。彼らは大手電力会社共々、国民への公害と引き換えに、少数商人の金儲けを優先し原発を推進してきたのだが、同時に危機管理や将来予測を見誤り、事故後または廃炉後の大きな処理費用で負担を先送りし目先の小利に耽っていた三文政商でしかなかったのだ。