2019年1月31日

男の株価と幸福論

だれでも最初は低所得者でしょう。相続財産がない限り。低所得者でも将来性がある人なら性的魅力はあるし、糟糠の妻というようにそういう貧しい男を支えて、一緒に成長できた人が、本当に偉い配偶者なんじゃないのか。別に大金持ちにならなくてもね。
 見向きもされない株の中で一番輝いてるものを買えば、将来玉の輿に乗れるって話でしょ。既に金持ちになってる男の愛人になるのはグロース株で、低所得者の中から素晴らしい種をみつけだすのがバリュー株でしょ。バフェット的女なら過少評価されてる一番いい株買うだけなんだけだろうけど。
 まあ商才なんて人によって生まれつき差があるんだから、金儲けが下手なら下手で、子供がもてないならもてないでも、自分を好いてくれる女とのんきに暮らしたらいいじゃないですか。幸福の種類が違うだけだよ。
 大金持ちが最高限度に幸福かというと、なんでも飽きが来るから実際そうでもないし、もてまくったら断るのも面倒だし、性欲にも限界があるから求められて逆につらいでしょ。
 遺伝的に商才がない人を差別する社会の方が悪いんだから、低所得者を階級制度の下みたいに言うのは行き過ぎだよ。清貧のが成金より偉いんだから。イエスやブッダとそこらの大金持ちのどっちが聖人といえるでしょう。カネがなくても偉い人もいれば、ろくでもない金持ちもいるでしょうよ。
 つか、よく考えると、女なんて別にいてもいなくても幸福にはなれると思うよ。配偶者がいたらいたで面倒もふえ、子供がいたらいたで世話だの心配でてんてこまいで、自分の自由な時間がどんどんとれなくなるでしょう。女は女で男や子がいてもいなくても幸福にもなれますし。配偶や子が全てじゃないの。
 カネでできることもあるけども、カネがあるとできないこともあるんだなこれが。カネがないからこそ楽しいというか、カネがあったらしてないだろうなという貴重な経験もあるのであり、男にカネがなくても女性から奢ってもらえばいいじゃないか?
 結局、所得格差と暮らし易さって厳密には負の相関してないでしょう。だから一般論としてはいえるにしても、あたかも全ての場合にあてはまる階級差みたいにいうのは、法の下の平等という日本国憲法に記されてる基本的人権を踏み誤る。単なるたとえではあるんだろうけど、大いに誤解を呼びましょうよ?