2019年1月26日

いじめの研究と対策

いじめは協調性のとれない集団が、無理やり又は自然になんらかの攻撃対象(標的)を少数つくり、集団虐待をとりあえずの目標として統制をとろうとする現象といいかえられる。このことは子供の社会だけでなく大人の社会でもみられ、単に規模が違うだけである。大人社会でのいじめは、地上の最大規模で国連によって非協調的な加盟国や非加盟国に向け行われており、国という規模では政府が仮想敵国を捏造したり、政権与党が野党や特定の反政府団体を認定することで行われている。最も広義では法的に少数者に罰を下すのもいじめの一種ということもできる。そこで標的となっている人がなんらかの加害者であったとしても、形式的には多数派が少数者を集団虐待する構図を法が正当化しているのである(広義のいじめ、広義いじめ)。勿論これは一般に狭義でいじめといわれている善良であるか何の罪もない個人や少数派を、多数派が標的捏造の為に集団虐待する現象とは、倫理的な観点からは正反対の場合でもある(狭義のいじめ、狭義いじめ)。
 ところで狭義のいじめは統制をとろうとする或る集団(統制集団)や統制を目的にする一個人(統制者)にとっての利益、または多数派の利益を目的に行われるものであり、同時にそれらの集団の標的になる個人や少数派の不利益である場合が往々にして多い。つまりこの様な典型的な狭義いじめの場面では、統制者、統制集団、多数派は、便宜的に生み出されるだろう協調性から得られる自己利益を目的に、標的の被害を正当化する。よって標的にとってこの集団に属することは、標的になった段階で有害なので、狭義いじめへの基本的で最善の対策はその集団からの被害がなくなる範囲まで同集団を離脱することである。狭義いじめが仲間内や学級単位など小規模集団で行われる子供のいじめの場合、いじめられたらいじめ集団からすばやく出ること(にげる)、そしてできれば自らを保護する別集団にすばやく所属すること(かくまわれる)が基本的対策である。また同様の事は、法的な細部を無視するとしても、大人のいじめにおいても亡命や移民、移住、所属がえ、宗主がえなどとして一般に有効である。但しこの被害者側の加害集団に対する統制力が十分に強い場合に限って、具体的な報復によってもいじめを阻止できるが、その様な場合は通常、正当防衛などによっていじめ自体が増長しないことになるので、ここではまれな例外とし別の機会に考察し直すこととする。
 他方で加害集団の立場からみると、もしいじめの加害集団が、被害者側になんの悪徳もなく標的捏造(冤罪)を行っていたり無意味な心身の暴力を振るっていたりするだけの場合、この集団虐待そのものが統制者、統制集団、多数派の悪徳を正当化する。したがって時間の経過と共に同加害集団は自滅していく可能性が高く、この加害集団の外部者と内部通報者が集団虐待という犯罪を裁く方がより一層はやく被害を最小化できるにせよ、単に多数派や統制集団の一部に属し、協調性から自己利益を得る目的でいじめを放置していた第三者風の加害者(第三者的加害集団、放置的加害集団)は、同悪徳を正当化する統制との協調を余儀なくされる。すなわちいじめの放置は、いじめ阻止の費用(S, Stop cost of ijime)に比べて、加害集団との協調から得られる自己利益(B, Benefit of ijime group)の負の値と加害集団との協調でこうむる悪徳からの費用(V, Vices cost from ijime group)を差し引いた分が、多いか少ないかで合理性が判定される。これをいじめ放置費用(T, cost of Through ijime)とすると、次の3つの場合の式が仮定される。

T, Through cost of ijime: いじめ放置費用 
S, Stop cost of ijime: いじめ阻止の費用
V, Vices cost from ijime group: 加害集団との協調でこうむる悪徳からの費用
B, Benefit of ijime group: 加害集団との協調から得られる自己利益
のとき
T={S>(V-B)} … いじめ阻止が高費用
T={S<(V-B)} … いじめ放置が高費用
T={S=(V-B)} … いじめ阻止・放置が同費用

第三者的加害集団がいじめを阻止するというあり得べき場合は、この3つのうちいじめ放置が高費用な場合に、それに気づいた人が自己利益の保護を目的に行うと考えられる。これが関係者全員が純粋に利己的であった場合、自浄または内部通報が起きる仮想条件である。
 他方で一般に正義感の費用(J, sense of Justice cost)という負の補正値があり、それが強い人はいじめ阻止の費用を自己犠牲の度合いをもとに差し引きあるいは過少評価する。ここでいう正義感とは、その集団で最も不利な立場の人へ利他行動をするには自己犠牲をいとわないという性質、いいかえれば不当な被害を防止する特定の利他性のため自己費用を任意に削減する性質を持つことを指す(一般にこれは利他主義と呼ばれるが、より狭義にはジョン・ロールズの正義における第二原理、特に最も不利な者の利益最大化としての「差異の原理(The difference principle)」がこれにあたる)。この正義感を考慮した式は以下の様に示される。

T, Through cost of ijime: いじめ放置費用 
S, Stop cost of ijime: いじめ阻止の費用
V, Vices cost from ijime group: 加害集団との協調でこうむる悪徳からの費用
B, Benefit of ijime group: 加害集団との協調から得られる自己利益
J, sense of Justice cost: 正義感の費用
のとき
T={(S-J)>(V-B)} … 正義感で補正されたいじめ阻止が高費用
T={(S-J)<(V-B)} … 正義感で補正されたいじめ放置が高費用
T={(S-J)=(V-B)} … 正義感で補正されたいじめ阻止・放置が同費用

 以上の論理から、個々人が利己的な動機で行動する仮想条件下(但し、利他行動への動機づけとして正義感という補正値を考慮する場合)では、いじめに対して第三者的加害者集団がその自浄や内部通報を自発的に行う為には、上記の
T={(S-J)<(V-B)} … いじめ放置が高費用
といういじめ放置費用の不等式を満たす必要がある。これらの式にあって、(S-J)は内面の、(V-B)は外部の集団統制費用(統制費)だといえる。加害的な統制集団自身がいじめを自己統御するには、内面の統制費を最小化し、外部の統制費を最大化する必要があることがここから分かる。すなわち、最も端的にいじめを或る集団自体が自己抑止するには、その集団の中に正義感(利他主義、特に差異の原理に基づく最不利者救済の力)のできるだけ強い個人を所属させるか、いじめ認容も加害と同罪とするのが有効である。学校などの子供の小社会では、正義感が強いと認められる習性をもつ年長者や指導的役割の子供を一定のまとまりがある集団ごと必ず配置し、且ついじめを認容した者がどれだけ多数でもその全数を加害者と同罪として等しく罰するべきである。国や地域などの大人の社会では正義感の強い個人もそうでない個人と同等の発言権をもつよう自由な言論を最大限に尊重し、大規模な紛争にあっては政治的な考え方の違いを抜きに多数派または加害集団による迫害を放任した者には加害者自身に対するのと同じだけ激しく非難を向けねばならない。少なくとも、国際法と国内法とを問わず紛争の平和的解決においてより強大な加害集団による攻撃を阻止しないことはそれに加担するのと同罪とし、紛争への武力による加担に加えその放任に罰則を設けるべきであり、ここでは多数派であれ少数派であれ(少数派の武力が多数派にまさる場合を顧慮し)常により強弱の関係において大きな被害を受ける側にとって進んで第一の擁護者となった上で、利他主義(特に最不利者救済としての差異の原理)に基づき紛争阻止に非武力的手段で尽力するのを万人に義務づける普遍的立法が必須である。