2018年7月8日

企業の目的

今ある物以上を求めてやまない欲は、最大多数の最高幸福という功利性に結ばれていない限り、単なる貪欲として当人の幸をも苛む強迫観念になる。貪欲な営利企業が反社会的、反人道的となるのは、拝金主義者一般と同じく、外部経済の功利性を軽視している時だ。寧ろ企業の目的は、この功利性と矛盾なく合致しなければならない。
 政府と企業が対立する場合は、外部経済の功利性を目的化していない不良企業や悪徳政府についてのことに限り、元来、両者は公私に分かれ同じ目的を実現していく装置に過ぎない。小さな政府論とか、一律減税論は、この様な目的にとって競合的民間委託論や累進課税論より明らかに劣っている。大企業や富裕層をはじめ、堕落した政治家、その他の脱税が正当化される事は、彼らがその目的を私利に歪めている為、決してありえないだろう。そもそも納税だけでなく金銭自体が功利的目的の道具なのだ。政府の堕落のため税制改革が思う様に進まない地域に居住する不条理は、移住可能性の域で解消されねばならない。節税という考え方も、その地域の政府が経世済民と違和する範囲においてしか合理化できず、その種の政治地区から住民が自然的に逃げるか、人口減少していく方が望ましいので、企業が努めて節税しなければならない様な地域は商業にとっても選りすぐれた場所とは言えない。