2015年10月30日

ナショナリズムの分析

ナショナリズムは自分が適応できない、又は適応しづらい別の倫理体系の集団が外部にある時に生じる、合理化の体系である。これ故、道徳性が非常に異なるか、社会性知能の種類に違いがある2集団は互いに反目し易い。
 抑も道徳性はある適応性がその時場で正当視された際の習慣的ループである。つまり習性を超えない。従ってナショナリズムは習性の偏向である。ナショナリティを普遍化しようとする試みが帝国主義的侵略や人種・門地・地域差別をもたらした様に、本来の人類に於いてもナショナリズムは常に生じる。それは最も単純には兄弟姉妹間、夫婦間、親子間でも生まれるものであり、集団性をもつ最小から最大までの全団体にある。
 人類にとって可能なのは、ナショナリズムを緩和する事でしかない。その相互理解の手段を講じ、さもなければナショナリティのもつ倫理観念の違いを認識したまま、対策をとる事でしかない。そして無知は罪である様、人類にとって最悪の類型はナショナリティの違いを理解しようとせず、自民族中心主義や自文化中心主義、中華思想、京都中央思想(京都思想)、東京中央思想(東京思想)、天皇主義、国家神道、国連主義といった帝国主義の諸類型に驕り留まり、他の倫理を埒外に置く態度である。この種の集団狂信は常に、戦争と歴史的犯罪、つまり致命的な人災をもたらし、怨嗟や軽蔑の念によって当集団絶滅の機縁となる。