2015年10月6日

絵画論・宗教論

かつての神(古代宗教家らの脳内にあった神という理念)は画家を、非対象芸術、即ち抽象絵画に制限した。抽象絵画を理解しえない人達(いわゆる大衆)がいない文化があったなら、画家は益々複雑な模様を探求していただろう。イスラム圏におけるアラベスクは頑固にヘレニズムを否定し続けた結果、多文化主義の末梢神経扱いされる結果になっているが、それがヘブライ神の理想だったのだ。
 東洋の孤島には多神教であった前提条件の為に、諸々の偶像、抽象絵画を含めてあらゆる絵画様式が跋扈しているが、それはヘブライ民族の神からも、古代ギリシアの神々からも離れて楽園のイメージで語られるべきものだろうか。ヘブライズムそのものが元来堅い団結の為の方法論であったとすれば、孤島でのそれは要請されづらかったのだろう。こうして生きる神としての天皇崇拝が水戸学派らに仕組まれ、又それは象徴という名義の元で抽象化された。