2007年10月26日

政治学

民衆による政体は資本経済浸透期に国家間競合の手段となったもので、必ずしも最善ではない。というのはこれに固執した同一の政体を棚上げする限り制度疲労によって堕落、衆愚化が起こりえるのであって、必ずしも長持ちするものではない。長持ちする様な政体が国家運営の目的だろう。
 Aristocracyは中流的多数者による政治運営を意味する。いわばそれは高市民政。間接民主政とはrepublic aristocracyの方便だ。中流の最大数とその教養程度が最善の政体の鍵。中流最多の原理と良識に関する高い衆度が長持ちする政体をつくる。裏がえせばそれは極端すぎる富裕の格差社会が極めて短命な悪しき形態で綻び易い姿な事をも示す、ある時代段階を位階制によって能率化する場合のてだてをこえて公共を無視、競争的公害に至ってさえ各々我意を追求しているのみだから。
 ある革命期における王政や共和政は余り驚く事でない。少なくとも貴族政ですらやがて世襲的に寡頭化する傾向は免れなかったし、それさえ国際協調以上の理想ではない。
 貴族政をaristocracyと慣れでよぶのはAristotelesの政治学に関しては、語弊がある。寧ろAristotelesは共和論者に近いし、貴族政を少数者支配として最善とは考えなかった。大まかなスコラ哲学がAristotelesの意図をとらえそこない、勘違いされた政体名義が敷衍されてしまったらしい。
 Aristoteles『政治学』にかえって再度定義しなおせば、より精確なAristotelesにとっての最善の政体はrepublic aristocracyとよぶ方がいい。このrepublicを試みる多数者が本来、aristocratic。そしてそれ自体と少数者の支配による貴族政は、言葉の本義にもとづけば分けて考えられていい。
 ある国家を永続させたければ国際調和が国家運営の命題より上に来る。よって、王政‐貴族政‐共和政は場面にあたって絶えずきりかえの効くようにされるべき柔軟な手段で各々目的ではない、即ち3つの政治。Aristotelesの定義では多数者支配による共和政がこの中で最も誤りを起こしにくいが、それも参加した発言者が多いので大失敗以前に修正できるかもしれないという消極的な意味にすぎず、人類の置かれた状況へ万古不易の適応ではない。政治制度は当面の構えで文明の目的ではないといえる。王政は世襲の有無に関わらず群を抜いた最善者が見られる時に限って有効。貴族政は3つの中で最も公務が職能化し易いので効率的であり、状況が複雑ではない時に基本的な役割を持つだろう。貴族の義務: noble's oblige、とよばれるある維持された政体下ではぐくまれる特徴的高貴さもここに由来する。
 よって、Aristotelesの意味での共和政が最も適しているのは変化に富み多岐に及んだ過ち易い状況という事になり、他ではない。
 政体の名称図
構成員数 利他的或いは善 - 利己的或いは悪
単独者 王政 - 独裁政
少数者 貴族政 - 寡頭政
多数者 共和政 - 衆愚政