元正天皇には男系派が論拠にしているY染色体が入っていない。よって語の正確な意味で、男系遺伝子であるY染色体を持たない女系天皇、母系天皇という事になる。
元正天皇が天皇家を相続した時点で弟の文武天皇や、甥であるのちの聖武天皇ら、ほかに男性皇族はいたのである。
ゆえに、元正天皇は母である元明天皇から神識典礼により内親王にふさわしいとみなされ、のち位を譲られ天皇家を相続した、と義公(徳川光圀、源光圀)が『大日本史』で書いたのは、正史(紀伝体の史書)として正しい記述だったのである。
元正天皇、諱氷高、一名新家、文武帝之姉也、神識深沈、言必典礼、為内親王、位二品、食封一千戸、和銅八年正月、進欽一品、九月二日庚辰、受元明帝禅、即天皇位于大極殿、時年三十六
――源光圀・編『大日本史』元正天皇 巻十五 本紀十五、1657年から1906年、吉川半七・出版
この天皇家の伝統をはじめに改竄・改悪したのは岩倉具視だった。岩倉は1867年、「万世一系」の語を『王政復古議』で捏造し、天皇家の歴史を書き換えようとした。この語が意味していたのは、全て天皇家は世襲で男性が相続すべきもの、という性別主義による男女差別の価値観だった。
抑皇家ハ連綿トシテ萬世一系禮楽征伐朝廷ヨリ出テ候而純正淳朴ノ御美政萬國ニ冠絶タリ
――岩倉具視
1867年10月『王政復古議』
大塚武松、藤井甚太郎・編『岩倉具視関係文書』第一、「王政復古議」、301ページ、1927年から1937年
恐らく正確には、単なる政治屋として岩倉は、史学者たる義公より天皇家の世襲皇帝としての歴史に通暁していなかったので、浅はかにも全ての天皇らは男性で継がれてきた、と思い込んでいたのであろう。さもなければ既に女性天皇が8人10代いたことや、そればかりか母・娘の女性天皇同士で家を相続した史実も無視するなどという、余りに雑で、かつ公然たる伝統改竄・改悪は、到底なしえなかったであろう。万世一系論の起源は、故実を知らない奸臣・岩倉の驕りによる、恐ろしいばかりの無知だったのである。
明治政府の自称・元勲勢に混じっていた岩倉は、枢密院議長の伊藤博文らと共に、『大日本帝国憲法』とその皇室典範に、彼の教義であった万世一系論を埋め込んだ。
第1条 大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス
第2条 皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ継承ス
――大日本帝国憲法第2条 大日本國皇位ハ祖宗ノ皇統ニシテ男系ノ男子之ヲ繼承ス
――皇室典範 (明治22年2月11日)
岩倉のあとを受けた人々のなかには、明治保守主義者が生まれた。それというのも、岩倉は西軍の頭脳だったからである。西軍に由来をもつ人々にとって、岩倉の歴史改竄・歴史改悪教義は絶対化された。薩長土肥の藩閥から、戦後の自民党・神道系(神道政治連盟や日本会議に属する)議員まで続く一連の男系至上主義者は、正史を学ぼうとせず、大日本帝国憲法1条に記された万世一系という岩倉の嘘をそのままうのみにしている。そればかりか、現実にいた過去の天皇家の女性相続者らをみつけたとしても、男系至上主義の根拠となるY染色体をもっていない元正天皇についてまで彼女の血統を根拠に「男系」と嘘をつき通す事を選ぶのである。いうまでもないが、天皇家と彼らを教祖とする宗教である神道が第一祖先神とするアマテラスが女性であったという記紀神話についても、男系至上主義者は神道信仰そのものを心理のなかで歪めて上書きする形で性別主義教義を優先させ、男系至上主義による神道自体の矛盾をなんとか論理的思慮の範囲から消去しようとする。この意味で男系至上主義者は、神道とも天皇家自身の歴史とも異なる教義、すなわち今から154年前に無学な岩倉によって日本史上初めて捏造された根っから嘘の性別主義教義の狂信者となってしまったのだ。
現代に至っても事は変わらず、男系至上主義のはびこりが、官民問わずみられる。官界では長州閥の安倍晋三氏、旧・薩摩閥末裔の麻生太郎氏、民間では長州に逃げおちた三条実美を先祖にもつ竹田恒泰氏などがこの岩倉による嘘の教義の布教者となっている。そして彼らは天皇家の歴史を明治以後、実際に改竄・改悪してきたために、国民世論調査では天皇家本来の伝統と同じく女系天皇容認が多数派であるにもかかわらず*1、自分達が岩倉の無学さへ無批判に便乗する事で、日帝政府で薩長閥がそうであったかのごとく天皇家の君側の奸ぶりを錦の御旗に、平成・令和寡頭政治勢力として、好き放題、自分達の政治的野望を実現したがっている。この野望は、現実に自民党閥のなかで明治保守主義者らへの多大な洗脳効果を伴って、安倍首相・麻生副首相の二組を戦後最長政権としたのだった。
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脚注
*1 以下に挙げる資料で、2017年から2020年の読売新聞、朝日新聞、共同通信社など保守・革新その他いづれの傾向の通信社の世論調査でも、見渡す限り女系天皇賛成・容認が、日本国民の多数派である。
読売新聞 全国世論調査(2020年):
女系天皇賛成59%、反対16%
朝日新聞社世論調査(2017年):
女系天皇賛成72%、反対24%
共同通信社 世論調査(2020年):
女系天皇賛成38%、どちらかといえば賛成41%、どちらかといえば反対13%、反対6%