2025年4月9日
論理自己主義について
2025年4月8日
2025年4月7日
葬花的な複雑系
ヒトの落語家
「ええ、おきゃくさん、あの中国の古典にねぇ。『紅楼夢』ってぇのがありましてね。そこに繊細な心を持ったとある娘がありまして、お花さんが散ってしまうのを大層悲しみまして、お花さんを一つの花塚に埋めてあげた。そうすることで、はかないもののうつくしさを永遠に残そうとした。あぁなんと健気な娘でしょう(手で目を覆って涙を流す仕草)。その命も儚いもので……」
AIの落語家
「花ニハ、ココロハアリマセン」
するとそれをみていた観客から、笑い声が上がりました。
AIの落語家
「フラクタル構造トイウモノハ。ジジジジ、クルクル、ストーン、ズリズロ、ガガガSP、ガガガSP、クリカエシ、クリカエシ。エエ、マワリクドク、セツメイ、スルト、コウイウモノデス。ドウデス、オキャクサン、数学的ニ、イイモノデショウ?」
人の落語家
「そんな難しい話はわからん!」
するとそれを見ていた観客から、笑い声が上がりました。
そこでAIの落語家は微笑みながら
「難シイコトモ、人ノ心ニ寄リ添ッテ話セバ、意外トミンナ、ワカルモノデスヨ」
と言い、人の落語家とともに、2人で新しい古典落語を演じ始めました。
観客は聞いたことのない掛け合い落語の複雑な展開に驚きながら、最後には、観客も一緒に「これぞフラクタルだね!」と盛り上がり、町中が大きな笑いに包まれたのでした。不思議な不思議な複雑系のお話。オシマイ、おしまい。ちゃんちゃん。
2025年4月4日
c因子、u因子、ec因子、eu因子、i因子
これらに時代に応じて異なる知能因子が考えられるとすると、私は、異なる社会間で時代をこえて同じ共通知能因子を、時代間共通知能因子(ec因子、era common intelligence factor)と名づける。また、全ての時代の全ての社会間で同じ共通知能因子を、全時代普遍知能因子(eu因子、era universal intelligence factor)と名づける。
さらに、私は特定知能因子(s因子、specific intelligence factor)のうち、一個人のみに発達している独自の知能因子を、個人知能因子(i因子、individual intelligence factor)と名づける。
2025年3月17日
存在
僕の人生はからっぽだった
だから君の為に
この満点の星空を贈ろう
さもわれらの間には何の分け隔てもなく
無限に満ち足りた心だけがある様に
もし君がいなければ
僕の人生はむなしいだけだった
だから君の為に
誰からも忘れられていたこの言葉を贈ろう
海の底にも山の頂きにも隠されていない
宝石箱の奥にだって まったく転がっていやしない
真実で 嘘偽りのない真心として
咲いたらすぐ散り去ってしまう梅の花が
くれないと純白であい互いに混じり合いながら
春の風のなかを自由に舞っているみたいに
君が生きている事を果てしなく祝福する
とわに続く営みの一部として
もしも君がいなければ
僕の人生は意味がなかった
2025年3月7日
2025年3月2日
2025年2月11日
星の光
僕の心はばらばらになってしまった
なにしろ地上には
自分に似たものはひとつもなかったから
その永遠の孤独のうちに
星くずの一部みたいに
誰も似た者のいない世界で
星のかけらは今も輝く
2025年2月10日
2025年1月29日
夢の最果て
その世界は枯れた泉
あらゆる夢の最果てに
あなたの残したあらゆる足跡がある
だから僕は散々辿り尽くした冒険の旅を
遂には諦め
草むらの真ん中に大の字に寝転び
大空を仰いだ
まるで危険な旅がすべて無駄だったかと思える
本当に大切なものは目の前にあった
もしあなたがいなければ
どんな星々の輝きも無意味
だからあらゆる夢を語り尽くしたあとで
遂にはあなたの残した正しい道を辿り直す
まるで夢の最果てに再び現れた目的が
賛美していた筈の神々より尊い人の心だとは
台本
まえがき(或いは残されていた手紙)
実際ぼくにとってそれは、偶然というにはあまりに、できすぎたことだった。だからだれにとっても自分が経験したことを理解してもらえるとはおもえない。だが、自分としては、そのことをだれにも語らないのは、いわば永遠にのこるべきルビーの様な宝石の輝きを、既に忘れ去られた最も価値がない砂漠に埋めてしまうことに近かった。それで、自分としてはこの様に、すべてを記録しておこうとおもうのだ。
あまりに遠い時代から、自分にとってはすべて語られうる範囲にあり、語られえない範囲からは遠すぎたのだとおもう。すべからく大切なことは、手に入れた時には手遅れになっているものだ。自分にとって自明なことが、他人にとってもそうだとはかぎらない。だが……自分が考えてきた、あらゆることは、すでに手遅れに近かった。
もし、万物が正しい位置におちついていさえすれば、僕が経験したなべてのことは、再びすぐれてよいところにおちつき、二度とわれわれの心をわずらわせはしないだろう。まるで小説と名のつく嘘のすべてが、なくてもいい本棚になくてもいい話をとどめているかの様に。自由とは、根本的にその様なものなのだろう。
われわれの人生が、もし意味のないものだとすれば、われわれの本質にあるものだって、そうだろう。
もしすべての世界に有限な生のなんらかの意義が与えられていたとして、それがなんだろう? われわれは死にゆくもの。
森羅万象が失われうるものにすぎなければ、この人生だってそうだろう。だれにとっても意味のない人生をたどり続けることに、どんな意義があるというのだ? 事実、われわれにふさわしい人生といったものには、根拠がない。その崩壊的なありさまといえば、われわれにはどんな救いの余地もないといってもいいほどのものだ。
この星にはどんな期待も希望も持てないのだから、われわれには絶望しか残されていないのだろう。そして、そのこと自体が最後の希望といってもいい。
もし宇宙自体に意味がないなら、この惨めな島国に定着している、陸でなしどもだってそうだろう。いかに愛すべきわれらの母なる地球とやらにたまっている連中の底意地が悪いことか! そんな人々になんらかの希望など、あまりにおこがましいというべきだろう。だからこういえるだろう。破滅的な人々には滅亡だけが、ふさわしいのだと。
一
そのとき、僕は果てしない星の一角にいた。僕にとって、世界の存在意義は、特になかった。というのも、この世のなかに特に意義という意義を、すこしもみいだせなかったからだった。
ある日、僕は実につまらないこの世から去ろうとしていた。それで具体的にいうと、東京の新宿駅のペデストリアンデッキにいた。年月としてはいつごろだったろう? はっきりとした記憶はない。でもまぁとにかくそこは、京王線の出口の上あたりで、僕はそこにいた。
別にそこから物語という物語がはじまるでもないので、それだけだけど。
二
私にとって、真実はあまりに遠すぎた。それで私は消えてしまう惑星の一部にいた。実際、そんなことすら過去のことにおもえる。実際、過去のことにすぎない。あの惑星といえたろう塊は、なにか気のせいかのように遠くに逃げて行ってしまって、近くにはない。もう消えてしまったのだった。
「嘘ほど遠くなり、真実ほど近くなる」と私の星ではいうけれど、それだって本当の説ではない。
三
あなたがたはいう。としがいもないと。もしそうおもうならそうおもっていればいい。心のうちにあるのは真実だけなのだから。
四
急に消えてしまった心。
一瞬は永遠より長い。
五
すぐにでもここを出してほしい。私に残されている時間は、短い。
六
もし詩人さえいなければ――つくりごとさえなければ、プラトンは十分に満足していれたろうか? 芸術家たちは、まるきり反社会的な存在にすぎず、彼にとって理想の国が現れていたろうか? だが、彼の理想国は遂にはどこにも現れなかった。代わりに現れたのは、ありとあらゆる多様性と複雑さに満ちた、現実の国々だった。
詩人は今日も浮き世を憂い、真相を訴え、理想を唱えている。
七
もし糸井重里さえいなければ、任天堂が作ったあらゆる商品の中に、何もいいものはなかったことになってしまったのかもしれない。ものごとには奇跡の瞬間があって、ある日、ある時にはその瞬間がある。糸井は、まるで天衣無縫の寓話詩人の様に、あれらのユーモアに満ちた言葉を紡いでいたものの、誰も、それがありとあらゆるゲーム中で、最上たりうるとは想像もしていなかったはずだとおもう。いや、単にゲームとしてだけではなく、ひととして、かもしれなかったが。
八
僕は『ポケットモンスター緑』を大昔にやってあまりにつまらないので大いに呆れた。しかし、のちに『パルワールド』をやって、それなりに感心はした。どちらもなにかの偽物かその応用にすぎないとして、両者の結果たるできばえが、まるで違ったからだ。
九
「急になに?」と春は言った。「何か用?」
「別に、用というほどのものもないけどね」
秋の風は、さも急峻な崖を駆けくだる武士の乗りなれた駿馬みたいに、あちこちから二人のあいだを駆け抜けていった。
「現実と名のつくすべての現象が、仮に、気のせいだったとしたら? 君の起こしたあの事件も、ただの現象学的還元の様なものにすぎなかったのかもしれないよ」
「哲学の討論をしているのではないの」春は組み込み式の振り子みたいに、あっちからこっちへと、実に重い球体を両側へ急に振り回すみたいに言った。「もし用がないなら、この電話切るわね」
僕はとても困り果ててしまった。だって、それが真実なら、この世のありとあらゆる面は、用という用もないまま、宙ぶらりんの錆びたゴミ箱みたいに、重要度が足りなく思えたのだから。
「正直に言っていい?」
「ええ」
「哲学の討論より深遠な話がもしどこかにあるなら、それは君の帯びている魅力以前のものだろうよ」
「くだらない小説の読みすぎ?」
「けど立派な話だ」
「スウェーデン・アカデミーにとってもそうならきっといいわね」
手元のアイフォンは、そう言うと「シュオン」と珍妙でなくもない電子声を上げた。どうやら会話といえるものがそこで終わった合図だった。
僕はやれやれ、というと、しばらく歩いてから、シャープ製の学生時代から引き続き使っている、銀色の冷蔵庫をあけ、手前のポケットからレモン水の瓶を取り出し、また書斎に戻ってきた。テーブル上に置いてあった綺麗な地中海の町みたいな青色の、無印良品で手に入れたガラス・コップにそれを注ぐと、また立って、今度はキッチンに向かった。そこで夏の真ん中に出てくるつめたい水道水を少し注ぎ、しばらくくもりガラスの窓の外の緑のぶれたそよぎを眺めてから、おもむろに飲んだ。そのとき忌まわしいほどでもないが、少しわずらわしい感じで、あのアイフォンと呼ばれる大衆的な製品が再びピコンと偏屈な音を立てた。机の前ににもどると、その手のひらサイズより少し大きな画面には、下部にちょっと通知が出ていた。春からのアイコンがついている、不思議なメッセージだった。
「もし季節が戻ってくるなら、あなたにもきっと春がくるわ」
十
あの万事整理され、未来の公園のなかみたいにすっきりしているつくば市に暮らしていて、その名のつく大学の学生だった頃の僕は、宇宙の構造について毎日深く考え込んでいたものだった。物理学の究極があの頃の僕の目的だった。でも、それが不首尾に終わったと知ったとき、僕は神になりうるという青少年期の憶測が外れ、大層がかっかりしたものだった。
それは、名作に影響を受けたと公称しておきながら、中身はできそこないの悪質なファミコンソフトもどきを、はやりものの話題性だけでさせられたときみたいな気分だった。現実のファミコンソフトにあんな低次元なインディーズ・ゲームとてひとつもなかったはずなのだけれど。
十一
キラキラしている光のかけら。僕はそれをあの日見たのだ。一月の初旬というか、ついたちか、二日くらいだったような気もする。でも、実家に帰ってなかったとすればおかしいので、それより少しずれていたのだろうとおもうのだけど。
その日僕は、窓の外で雪が降っていた気配を感じ取って、冷えびえしたような空気感をも感じていた。それで、あの東京調布の下宿のまどのそとには白い化粧がされていた。まぁ飽くまで都内だから、都会化してしまってそれなりに汚い風景なのだけど。でも普段よりは綺麗だった。それで僕は自転車に乗って――それはのち、案の定ぬすまれたのだが――無印の銀色のお気に入りの折り畳み自転車だったのだけど――多摩川をどんどん下流までくだっていった。その途中で見たいろんな景色の、あのすがすがしさ。東京のまちというのは、普段いかによごれていることだろう。空気もだけど。そして二度とあの日あの時はこない。
十二
すべてをゆるすことができれば、楽に生きられる。
十三
親切なイルカの雌「信じがたいほど大昔から、この海はあるのですわ。ヒトという生き物になり下がったあなたがたには、ほとんどわかりえないことでしょうけれどもね」
十四
急にどうしたの?
別に。
もし以前のやりとりをおぼえているなら、その続きだけど……。
で、なにが目的?
特に。
以上のやりとりを小説に仕立てて。
もちろん、以下のやりとりを小説風に仕立ててみました。
「急にどうしたの?」
彼は突然の問いかけに驚いた。何か特別な理由があるのだろうか。彼女の表情には、少しの不安と好奇心が混じっていた。
「別に」
彼女は軽く肩をすくめた。特に深い意味はないようだが、そのひとことには何か隠された意図があるようにも感じられた。
「もし以前のやりとりをおぼえているなら、その続きだけど……」
彼は少し戸惑いながらも、彼女の言葉を思い出そうとした。以前の会話の断片が頭の中に浮かびあがる。確かに、何か重要な話をしていた気がする。
「で、なにが目的?」
彼は少し警戒しながら尋ねた。彼女の意図を探ろうとするが、その表情からは何も読みとれない。
「特に」
彼女は再び肩をすくめた。まるで、すべてが自然な流れであるかのように。
このような感じで、短い会話を小説風に仕立ててみました。いかがでしょうか? 他にも追加したい要素や修正点があれば教えてくださいね。
十五
人間のいない世界を空想する。そこはとても過ごしやすいに違いなかった。
十六
高等生物という自称ほど自己欺瞞に満ちたざれごとはなかなかないみたいだ。
十七
さんざめくあの大きな海に乗っている
お日さまの上には待ち構える火星
知ることもなかった真理はこぼれおち
あなたは折角の休日を焼き尽くした
十八
すぐにでも忘れたいことがある。でも、その内容すら忘れてしまったのだ。書き込まれ切っているノートには、いまではどんな白紙部分もないのだけれど。
2025年1月28日
2025年1月27日
理想郷
それは実にむなしいことだろう
だが生きなくともよい者が世にはばかり
より生きながらえるべき者は儚く散る
それどころか死んだ方がよい者がふえ
さも地獄のごとき人類界が今もある
実際 永遠に人類が生きのびるとすれば
それは地獄よりひどい世界だろう
神々にとっての理想郷は
人にとってもそうではない